15 / 50

第15話

 朧げな視界には無機質な天井が広がっていた。仕切りのカーテンなどない処置室らしき部屋で、点滴をされた腕と覚えのある鈍痛が蘇って来る。  怪我の具合を手で確認するのも躊躇われる。完全に緊張から解き放たれた今、こんなにも頭が痛いことなんてあったかと思うほど痛みが酷い。  「起きたか」丸椅子に座った竜ヶ崎が弓月に声を掛ける。弓月が体を起こそうとすると、それを自然な所作で補助して簡易ベットから上体を起こす。 「気ぃ張ってたんだよな。キレた俺を鎮めるためによく頑張ったな」  竜ヶ崎は弓月の頭部に巻かれた包帯を見つめていう。「その頭、10針以上縫ってあんだぜ。そりゃ、痛ぇよ」。 「さっきお茶買ってきたから、飲んどけ。結構出血してるみたいだから」  差し出されたお茶を大人しく受け取って、「——やけにお喋りだな」とペットボトルに視線を移す。 「何か、あった?」 「……心配してたに決まってんだろ」  隣に座る竜ヶ崎は弓月の腰を抱き寄せていった。「お前の血を見るのはもう懲り懲りだ……」。 「不意打ちなんて昭和のツッパリがやることじゃないよねぇ」 「何言ってんだ。今時乱闘騒ぎになること自体時代遅れだっつの」 「ふはっ、たしかにシロの言う通り」  「でも、俺はもうちょい殺っときたかった」と腰に添えられる手に力が入る。  殺意自体は明確なようで、今からでも戻ってトドメを刺しに行かんばかりの殺気を滲ませる。  そんな竜ヶ崎を見て、痛がるフリをすれば咄嗟に視線をこちらに戻す竜ヶ崎。 「今日、シロと一緒に帰ってたら、この比じゃないくらい怪我してたかもって思うと——」  弓月は竜ヶ崎を宥めるつもりで言ったが、腑に落ちないことにようやく気が付いた。  「——私、言ったから。竜ヶ崎とは離れた方が良いって」。菊池の発言と今回の騒ぎに合点が行ってしまった。  諸悪の根源は菊池だ。確固たる証拠はない。だが、菊池だ。  しかし、そういう風にしてしまったのは、勘違いをさせてしまった竜ヶ崎にも原因はあるだろう。そして、安易に手を差し伸べた弓月も同罪である。  「ゆづ?」心配そうに覗き込まれても、弓月は困ったように大丈夫だと言うしかない。 (これは百合ちゃんの怒りだ。責める権利は、俺たちには、ない) 「一緒に帰ってたら、俺はちゃんとお前が逃げられるように退路を確保してた」 「それは無理だったよ。絶対に」  弓月の一言で空気が一気に零度を下回る。弓月自身も言い終わってからハッとする。  これは弓月が初めてした竜ヶ崎への否定だった。 「それは、どういう意味だ」 「……あの人数は過去イチだったから、きっと逃げ遅れてる。俺、足遅いもん」  菊池の仕業だと言うことはできなかった。 「……で、今日はたまたま学校で用事ができて、助かったと」 「そうなるな」 「それで? 今日は急に学校で用事ができたって何の用事だったんだ?」  「今までそんなことなかったから、珍しく告白でもされてんだと思ってたけど」と続けて的を射るようなことを言う。 (ここで本当のことを言うとシロのことだから、百合ちゃんが矢面に立つ気がする)  弓月が咄嗟に出した答えは「そうなんだよ、俺もたまにはモテるんだなぁって! あ、勿論シロの苦手な百合ちゃんじゃなかったんだけど」だった。  この返事に一瞬目を見開いて、それから時折感じていた鋭い目を弓月に向けた。今回は弓月本人に向けられていることは明白だった。 「へぇ? 菊池じゃなかったんだ。じゃあ、お前に残れって言ったのは誰なんだろうな? 俺は岡田から菊池が弓月を引き留めてるって聞いたけど」。  そして、竜ヶ崎は睨め付けていう。「ゆづは知らなかったかも知んねぇけど、菊池は今年S校に転校してきたんだぞ。しかも岡田と同じ学校から」。  血の気が引くとはまさにこの事だった。

ともだちにシェアしよう!