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第16話

「これでも俺は大人しくゆづの話を聞かなきゃなんねぇか?」  努めて冷静に話してくれている竜ヶ崎を見れば、首を縦に振ることはできなかった。 「……今日は検査入院だろうし、俺、帰るわ」  背を向ける竜ヶ崎に、弓月は呼び止めた。頭に響いて鈍痛が広がっていく。「シロ! これだけは言わせて。俺はシロが好きだよ」。  せめて弓月の本心であるひとつを伝えたかった。 「俺はゆづに変わらずにいて欲しかったけどな」 「——俺は変わっちゃいけなかったか?」  こちらに背を向けたままの竜ヶ崎が、今どんな表情で言葉を発しているのか分からない。けれど、紡がれた言葉に悲哀の念を感じるのは、弓月の好意を受け取れないことに罪悪感でも感じているからだろうか。  半ば竜ヶ崎を裏切る形で菊池を庇い、あまつさえ、竜ヶ崎のことを好きだと言う。都合が良いにも程がある。  それを自覚していても、弓月は菊池の思いを吐くわけにはいかなかった。  水分で視界が随分と歪んでいる。しかし、垂らすことなく弓月はいう。「俺のこともいずれ、潰しちゃう?」。 「だったら、俺ももっともっと鍛えなきゃ。岡田って言う奴に必死になってるようじゃ、シロに勝てる気がしないや」  竜ヶ崎は誰であっても気に入らない奴は潰す。それが弓月であっても。「潰さねぇ」と強調していた竜ヶ崎の不審さが、今になって明瞭に今日の日を指しているようで鳥肌が立つ。  しかも、弓月の問いに無言で返し、そのまま処置室を去って行った。  弓月に一日だけの主治医がタイミングよく入ってくる。鞄を渡す主治医は、静かに泣いていた弓月の顔を見ても何も言わない。  受け取った鞄の中身を確認しながら、今日でちょうどべっこう飴を切らしていたことを思い出す。 「ハハ。最後の一個は昼間に俺が食べたんだった。どちらも俺から終わらせたかぁ」  ここでようやく弓月は咽び泣くことができた。「本格的に嫌われちゃったなぁ……」。  大人の目があるにも関わらず、ただひたすらに大粒の涙を流し続けた。  「検査入院で、今日明日入院してもらうから。その間にたくさん休養とって考えをまとめるといい。さっきの彼、見た目強そうだけど、あれは中身が脆そうにも見えたよ」と主治医は看護師と入院準備を手伝いながら励ます。 「年頃の喧嘩って仲直り難しいけど、男同士ならいじいじしてないでササッと和解に持ち込むが吉だね!」 「ちょっと先生! これだけ落ち込んでる子に楽観的すぎます」 「えー? だって僕らどっちが悪いとか事情知らないし」 「この子達は子どもじゃないんですよ。大人が口を挟むことではありません」 「でもさー。医師の僕が言っちゃなんだけどさ。彼、喧嘩慣れしてるでしょう」  これには看護師も口を噤む。しかし、弓月は大した問題には思えず、弓月は指して気に留めることなく頷く。 「でも、彼を病院で見たことはないから、きっと恐ろしく強いのだろうけど。だけど、君の出血にはすごく動揺していてね」  「ぶっちゃけデカワンコみたいだった!」と笑い飛ばした。  急な方向転換に、看護師も弓月も目が点になる。 「人を射殺すような眼で見る金髪男子が、君の頭がちょっと切れたくらいであわあわしてんだもん。面白いったらないよ」  小さい子供のようにいう主治医に、「三浦君。こんなのが一日二日でも主治医だなんて嫌よね? 無神経じゃない先生にチェンジしてもらいましょう?」と患者のことを慮る看護師がこちらを窺う。  それに慌てる主治医は完全に看護師に手玉に取られている。まるで以前の弓月と竜ヶ崎のやりとりのように、親密ささえ感じられる二人。  主治医と看護師の仲の良さに和み、数日の検査入院中で落ち着きを取り戻した。そして、怪我の経過も順調であり、頭部の精密検査でも異常は認められなかった。  その中で交わした主治医との会話を胸に、病院を後にした。  ——「先生、ご褒美を欲しがらないデカワンコにどうしたら欲しがってもらえます?」  ——「デカワンコ君の欲しがるモノを知るところからじゃない?」

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