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第21話
「とりあえずは、三浦先輩とその菊池って女の話を聞かないことには、手の出しようもないっスね」
「そこで、僕が呼ばれたんだろうけど」と用件の主旨を理解した桜木。
(俺、菊池なんて名前出したか?)
本当は今日から生徒への接触も禁止されていることを桜木に伝えると、「なんで連絡くれないんすか?!」と驚くばかりであったが、以前に桜木が竜ヶ崎に声をかけた日に、連絡先を交換した覚えはない。
記憶の挿げ替えが行われている桜木に、一抹の不安を覚えながら改めて? 連絡先の交換を済ませた。
「ついでに三浦先輩の連絡先も教えてくれてもいいんですけ——」
「それはない」と竜ヶ崎は被せるように却下する。
「ちぇ。まぁ、本人から聞くんで良いんすけど」
拗ねた舌打ちを鳴らした桜木だが、今度は竜ヶ崎が苛立ちを募らせた舌打ちをする。
「じゃ、俺はその菊池と接触を図って、岡田との因果関係を探ってみますわ」
さらりと言った後、竜ヶ崎と別れた。その別れ際に「これから盟友なんですし、メールくらい飛ばして下さいよ。どうせ停学中は一人で寂しいんでしょうし」とにんまりしていう。
どこまでもイラつかせる野郎だと唾を吐きそうになる。だが、面影が弓月と重なるせいで、この苛立ちが雲散霧消になってしまう己の弱さに反吐が出る。
翌日、桜木の行動は竜ヶ崎の思う以上に速く、弓月との接触に成功していた。予想したくもなかったが、どうやら、有能な駒らしい。
生徒指導室で一人、反省文と罰則のプリントをやっつけで書く竜ヶ崎には、あまり嬉しくないゴシップだ。
弓月もそこまで馬鹿ではない。男子校時代も竜ヶ崎の隣に居続けてきただけあって、多少の警戒心は持ち合わせているはず。それを凌駕する桜木の取り入りの上手さだと考えれば、何ら難しくはなかった。
桜木からは逐一で報告メールが飛んでくる。尊敬してやまない相手と接触できるとあってか、桜木は弓月とツーショット写メを送りつけてくるほどの浮かれっぷりだ。
しかし、スマホに映る弓月に心癒される。「隣のエセゆづより、やっぱ本物が一番だな」自然と表情が綻ぶ竜ヶ崎。
実はあの日、病室から出てすぐに暗涙に咽ぶ竜ヶ崎。その姿を誰も知る由もないのだが、これは弓月に常々竜ヶ崎自身を警戒しろと言ってきたことの結果に過ぎない。
反省文を数行書いて、罰則プリントも空欄を数個埋めたところで天を仰ぐ。口寂しい。
「飴、食いてぇ」と誰の耳にも届くことのない独り言をぼやいた後、岡田たちを死屍累々の有り様にした拳を見る。殴る方も受傷するので、当然手傷は多い。同時に、私利私欲にまみれた傷だとも感じてしまう。
主犯格ともいえる岡田と名乗る男を知ったのも、菊池と関連があることを知ったのも、全て騒動が起こった日だ。ゆえに、以前から岡田の仲間たちが竜ヶ崎に挨拶をしに来ていたことを知り、酷く後悔した。
毎回、弓月を遠ざけてからコテンパンにやっつけ、「三浦弓月がわざわざ手を下す必要もなかった」などホラを吹いて行ったのだ。つまり、来客のなかには、岡田の連中もいたということだ。そして、岡田の耳にそれが入り、怖気ずくよりも興味が勝って——。
だから、桜木に裏番説を吹聴した手段を守る強さだとフォローされた時、自棄を起こした。言わなくていい本音まで漏らしてしまった。
実際のところは、普段から弓月が竜ヶ崎を従えているような素振りは見せていた。しかし、それはあくまで抑止力として。
だが、竜ヶ崎がポイ捨てをした後に弓月に拾われた菊池は、弓月に鞍替えした。それが気に食わなくて、余計なことまで吹聴した。
その結果が、岡田のような喧嘩好きの野郎を刺激してしまったのだ。
自覚する執着と、その執着に自己嫌悪へと陥る日々。
今まで散々悩んできた。だが、嫉妬している間は、この苛立ちに支配されている間は、自身の狭量さと自己嫌悪を忘れていられる。我儘に弓月を求められる自分がいる。
けれど、そんな間でも、気持ちを伝えることだけは決してない。
——これ以上の発言は身を滅ぼす、と本能が教えてくれるから。
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