30 / 50

第30話

 竜ヶ崎の停学が明けたその日、弓月は竜ヶ崎の隣を歩き登校する。周りは竜ヶ崎の存在を確認すると、余所余所しく遠ざける。  騒ぎを起こした件は噂に尾鰭がついて、竜ヶ崎が弓月にも手を掛けたことになっていただけに、生徒の反応は至極当然であった。  だが、それだけではないことも、弓月は知っている。 「シロ……その、いいの?」 「あ? 何がだ」  弓月の視線の先には竜ヶ崎の頭髪が黒光りを発していた。黒染めらしい黒々しさを放ち、地毛の黒髪である弓月よりも不自然な色味だ。 「誠意はまず身だしなみからだろ」  ただのイケメンに成り下がったことに不満を持つ弓月は、引くて数多な竜ヶ崎の見た目が妬ましい。金髪で多少恐れられている方が都合がいいのだ。複雑な心境を払拭するように、竜ヶ崎の背中に飛び乗り「菊池さんへの件が終わり次第、金髪にすることを命ずる!」と裏番権限を発動させた。 「ホント、ゆづには敵わねぇな」 「嫌味ですか」 「んなわけねぇよ。一番度胸あんなぁって」  「更生したように見えるってことは、多少は周りからちょっかいかけられることも減るかなって思ってたんだが、俺らはそんなことせずイバラの道を行くってことだもんな?」とくつくつと笑う竜ヶ崎。顔を見なくとも、ほくそ笑んでいるに違いない。 「そ、その通りだ! 俺は多少強くなったから、前みたく逃げる必要はなくなったんだから、イバラでもエバラでもかかってこいやっ」 「エバラじゃなくてウチのタレをかけてみてくださいよ。ウチ、焼肉店なんス」  弓月の後方からひょっこり現れた桜木は、弓月のエバラで腹を抱えている。ついでに、竜ヶ崎も同じく笑いを噛み殺す始末である。 「……桜木。お前の任は解いたはずだが」 「そんなこと言われた覚えは無いっすねぇ」  盛大な舌打ちで肯定し、竜ヶ崎らしい反応を見せた後、「——ゆづをありがとう。助かった」と感謝の類を述べた。  桜木は目をパチクリと瞬きを数回させて、それから破顔一笑した。  そんな桜木と竜ヶ崎の間に入り込めない結託感が窺えてならないが、それには目を瞑ることにした。竜ヶ崎の心境の変化を促したのは、間違いなく桜木の影響だからである。  桜木が弓月に話しかけてきたことも然り、弓月が竜ヶ崎と連絡が取れない時も然り、竜ヶ崎との関係修復に親身になってくれた桜木は、きっと竜ヶ崎と何かしらの会話があって今があるのだろう。    自身も経験したジレンマを、桜木もその役をになってくれたのだ。   「俺からも、ありがとね。この黒染め野郎がさっさと俺を好きだって言わないから、拗れちゃって困ってた」と竜ヶ崎に続いて礼を言う。  すると、さっきまで破顔させていた桜木が、「もう……朝っぱらからご馳走様です」と言って先にエントランスへ向かって行った。この行動は弓月と竜ヶ崎にはわからなかった。  昼時になり、弓月は席を立つ。「最近菊池さん来ねぇな」というクラスメイトの声をこのタイミングで聞き、顔を引き攣らせながら今から昼に誘うと返した。要らぬ噂を立てられかねないが、緊張が勝ってその後のことは考えられなかった。  菊池のいるクラスへ赴き、意を決して中へ入る。一瞬の静寂が作られ、またざわつきが戻る。 「菊池さん。ちょっといい?」  あれだけ感情的に乱した後の菊池と対面するのは、これが初めてである。どうしても顔を見ることができず、背中越しに声をかけた。  振り向いた菊池は前と変わらず、綺麗な黒髪を棚引かせて「……私もちょうど話があるの」と凛々しい表情で答えた。  菊池を教室から連れ出し、階段を上がっていく。その間に、「ちょっと会わない間に、なんか弓月君変わったね」と言われたが、嫌味に聞こえなかった。 「あれ? これ以上先は立ち入り禁止じゃなかった?」 「大丈夫、ここのドアの鍵壊れてるから」 「え。そういう問題……?」  菊池の反応に弓月は、にへら、と笑って返した。「だよね。俺も最初そういうリアクションだった」。  「立ち入り禁止だけど、見つからないから安心して」と弓月は立て付けの悪いドアを肩を入れて押して菊池を誘導する。

ともだちにシェアしよう!