31 / 50

第31話

「ここ、どうしてか設計上、どこからも死角になる場所なんだって」 「ふふ、可笑しな学校」 「僕も思った」 「……」 「……」  「ごめんなさい」の声が双方から同時に聞こえた。  二人してきょとんとして、頭上に疑問符を浮かばせる。だが、弓月は己からの謝罪を決めていただけに、すぐさま先手を取った。 「俺、菊池さんの言う通り、菊池さんを当て馬にしちゃったよ。ごめんなさい」  「しかもあの時菊池さんに声をかけたのも、初めはシロが恨まれないようにって思ってたし。菊池さんをすごく傷付けてたこと、落ち着いたら謝ろうってずっと思ってた」弓月は深々と頭を下げた。  暫時の沈黙が酷く長く感じる。 「弓月君ってば、馬鹿正直に何でも喋りすぎなのよ」 「そうなんだけど、菊池さんはこれ以上男に傷付けられちゃいけないと思って——」 「知らぬが仏ってあるでしょ」  「まぁ、そこまでぶっちゃけるなら、私もそうしないと不誠実よね」と言った後、一呼吸置く菊池。 「私もごめんなさい。竜ヶ崎に色々と画策して襲わせたの私なの」 「うん。いいよ。シロはそうされるだけのことはしてきたんだもん。しょうがない。俺が危惧した通りになったわけだし、これから気をつけると思う」 「……え? 終わり?」 「うん? 終わりだよ?」 「でも、そのせいで、弓月君が巻き込まれて——」  菊池が弓月の頭部に視線を移すので、被っていたネットを外す。「これ、恥ずかしいことに寝相の悪さで治りが遅いだけなんだよね。本当はとっくに抜糸して包帯もネットもいらないんだ。……どう? 笑う?」。  弓月のあっけらかんとした様子に「金輪際こんなことは起きないと思うわ」と安堵感を覚える菊池。ほっと胸を撫で下ろす。 「だって、弓月君と一緒になれない憂さ晴らしに女使ってただけなんだもん、アイツ」  それから呆れ顔を作る程度で済ませる菊池に、未練の類を一切感じない。風に靡く黒髪が日差しを浴びて艶を出してそよいでいる。  その立ち姿に弓月は思わず感嘆の声が漏れた。「やっぱり、今の自然な感じの方がカッコ良くて綺麗だな」。  口元を隠しながら品良く笑う菊池は「やっぱり弓月君は正直者だね。この感じはまだまだ失恋から抜け出せないかも!」と八の字眉を作る。  その時だった。「お、竜ヶ崎さん、先約がいましたよ」。  桜木に続いて竜ヶ崎が屋上に到着する。菊池は竜ヶ崎の顔を見るなり、弓月に「弓月君、もしかして屋上のドア壊したのアイツ?」と冷気を漂わせる。 「ごめんね。話があるのは俺だけじゃないんだよね」 「……私、アイツにまだ謝れるほど器大きくな——」 「菊池。悪かった」  素直に菊池の前で頭を下げる竜ヶ崎。それを見た桜木と弓月は屋上を後にした。 (シロ。頑張れ。誠意を忘れちゃダメだからな) 「……ていうか、桜木君は何でシロと来たの?」 「え? 謝罪会見のMCでもやろうと思ってました」 「会見……」 「……三浦先輩を連れて退散するよう仰せつかっておりまして」  白い目で見る弓月に桜木はため息をついて白状する。「気を遣ってるところをあんまり悟られたくない人っすから、これも口止めされてたんすよ……。三浦先輩もバラしたことは内緒でお願いしますよ」。  これ以上桜木を困らせるわけにはいかず、深掘りすることは躊躇われた。

ともだちにシェアしよう!