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第31話
「ここ、どうしてか設計上、どこからも死角になる場所なんだって」
「ふふ、可笑しな学校」
「僕も思った」
「……」
「……」
「ごめんなさい」の声が双方から同時に聞こえた。
二人してきょとんとして、頭上に疑問符を浮かばせる。だが、弓月は己からの謝罪を決めていただけに、すぐさま先手を取った。
「俺、菊池さんの言う通り、菊池さんを当て馬にしちゃったよ。ごめんなさい」
「しかもあの時菊池さんに声をかけたのも、初めはシロが恨まれないようにって思ってたし。菊池さんをすごく傷付けてたこと、落ち着いたら謝ろうってずっと思ってた」弓月は深々と頭を下げた。
暫時の沈黙が酷く長く感じる。
「弓月君ってば、馬鹿正直に何でも喋りすぎなのよ」
「そうなんだけど、菊池さんはこれ以上男に傷付けられちゃいけないと思って——」
「知らぬが仏ってあるでしょ」
「まぁ、そこまでぶっちゃけるなら、私もそうしないと不誠実よね」と言った後、一呼吸置く菊池。
「私もごめんなさい。竜ヶ崎に色々と画策して襲わせたの私なの」
「うん。いいよ。シロはそうされるだけのことはしてきたんだもん。しょうがない。俺が危惧した通りになったわけだし、これから気をつけると思う」
「……え? 終わり?」
「うん? 終わりだよ?」
「でも、そのせいで、弓月君が巻き込まれて——」
菊池が弓月の頭部に視線を移すので、被っていたネットを外す。「これ、恥ずかしいことに寝相の悪さで治りが遅いだけなんだよね。本当はとっくに抜糸して包帯もネットもいらないんだ。……どう? 笑う?」。
弓月のあっけらかんとした様子に「金輪際こんなことは起きないと思うわ」と安堵感を覚える菊池。ほっと胸を撫で下ろす。
「だって、弓月君と一緒になれない憂さ晴らしに女使ってただけなんだもん、アイツ」
それから呆れ顔を作る程度で済ませる菊池に、未練の類を一切感じない。風に靡く黒髪が日差しを浴びて艶を出してそよいでいる。
その立ち姿に弓月は思わず感嘆の声が漏れた。「やっぱり、今の自然な感じの方がカッコ良くて綺麗だな」。
口元を隠しながら品良く笑う菊池は「やっぱり弓月君は正直者だね。この感じはまだまだ失恋から抜け出せないかも!」と八の字眉を作る。
その時だった。「お、竜ヶ崎さん、先約がいましたよ」。
桜木に続いて竜ヶ崎が屋上に到着する。菊池は竜ヶ崎の顔を見るなり、弓月に「弓月君、もしかして屋上のドア壊したのアイツ?」と冷気を漂わせる。
「ごめんね。話があるのは俺だけじゃないんだよね」
「……私、アイツにまだ謝れるほど器大きくな——」
「菊池。悪かった」
素直に菊池の前で頭を下げる竜ヶ崎。それを見た桜木と弓月は屋上を後にした。
(シロ。頑張れ。誠意を忘れちゃダメだからな)
「……ていうか、桜木君は何でシロと来たの?」
「え? 謝罪会見のMCでもやろうと思ってました」
「会見……」
「……三浦先輩を連れて退散するよう仰せつかっておりまして」
白い目で見る弓月に桜木はため息をついて白状する。「気を遣ってるところをあんまり悟られたくない人っすから、これも口止めされてたんすよ……。三浦先輩もバラしたことは内緒でお願いしますよ」。
これ以上桜木を困らせるわけにはいかず、深掘りすることは躊躇われた。
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