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第32話——side竜ヶ崎獅郎 終末——
頭を下げたまま微動だにしない竜ヶ崎。唇女たちからゆづきを巻き込むつもりがなかった旨を聞いていなければ、きっと菊池を責めずにはいられなかった。
「やめてよ。髪まで真っ黒にして」
「本当にすまん」
沈黙が長く続いたが、それを破ったのは菊池だった。盛大なため息を溢して「バカバカしくなってきた! 不本意だけど弓月君を巻き込んでしまったことは謝罪するわ」という。
「岡田が菊池とヨリを戻したいから弓月まで連れてきたことは知ってたか?」
「何それ。私は弓月君一筋だから、それ聞いても弓月君にごめんとしか言いようがないわ」
「……それもすまん。もう俺のなんだわ」
「いちいち癪に障る謝り方するわね。わざとなの?」
「ゆづを諦めてないって聞いたから。つい」
それを聞いた菊池が目を丸くして、それから呆れ顔で「最初からそれを表に出してりゃ私も勘違いせずに済んだのよ」といった。
菊池は弓月を重ねて髪を触っていたことに気付いていたらしい。後の祭り的な話になってくるのだが、たしかに、桜木といい菊池といい、弓月の面影を当てはめていた。それも無自覚だ。
頭を上げた竜ヶ崎は、幅の狭い手摺りの上に立つ。
「どうせ、菊池も俺のことなんか見てもなかったくせに、よく言うぜ」
「そうね。これっぽっちも振られた憎しみなんてないもの。お互い様なことくらい、私だって分かってるんだけど」
隣で手摺りに頬杖をつく菊池は、遠くに視線を移して言う。「弓月君だけは、本気だったのよ」。
そして、再び静寂が訪れる。心地よい、けれど冷たい風が、もう時期来る冬を教えてくれる。
「うわぁ?! シロなんでそんなとこ立ってんの?! 早く降りて!!」
階段のところで待機していたらしい桜木と弓月がまた屋上へやってきた。慌てふためく弓月に、竜ヶ崎は即座に手摺りから降りる。
「三浦先輩大丈夫ですよ。三浦先輩が竜ヶ崎さんと連絡が取れずに気を揉んでる間、竜ヶ崎さんが両手に華を侍らせて歓楽街に行ってたことをきっと懺悔してたんですよ」
「ね、竜ヶ崎さん。菊池さんの前で告白して懺悔してたんですよね」と念を押す桜木。
「え、アンタ。そんなことしてたの。マジで弓月君返して」
明確に軽蔑の眼差しを向ける菊池と、わなわなと怒りを溜め込む弓月に、竜ヶ崎は一瞬で本当に幅の狭い吊り橋に上に立たされた。
「シロ? 俺、今回のことで怒る資格はないって思ってたけど、これに関しては怒っていい気がするんだけど」
「……桜木、テメェ」
てへ、と少しばかり舌を出して見せる桜木に茶目っ気など微塵も感じない。もはや確信犯のニヒルな笑みに見える。
この状況で何を言っても言い訳がましく聞こえるだろう。そう思った竜ヶ崎は、弓月を抱き上げて屋上を後にする。「逃げるが勝ちだ。あと、桜木は覚えとけよ」。
「いずれまた、リベンジさせてもらうから!」と言う声が聞こえたが、竜ヶ崎はちくわ耳でそのままスルーした。
(執着すんのも疲れんだって……)
弓月を連れ去った後、何とか誤解を解くことができたが、暫くはは白い目で見られた。「女の子に逃げるってマジでダサいから!」。
これには黙って耐えるしかなかった。
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