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第33話
それから数日と経たない日のことであった。
「今回、生徒会長に立候補しました、菊池百合です。早速ですが、私が生徒会長になった暁には、これから女子生徒を増やすべく、未だ蔓延る前時代的な不良共を一掃する考えです」という声に館内が困惑と動揺でざわめき出す。
とくに、菊池のそれに当てはまる輩の目付きは穏やかとは言えないものだ。
しかし、想定内と踏んでいるのか、菊池は続ける。「でなければ、女子生徒は残る不良共に怯えてしまいます。現に、今だって座って聞くことが困難だから、皆さんは立ってこの選挙戦の演説を聞いています。そんな落ち着きのない学校に女子が来るわけがありません。男子生徒の皆さんも一刻も早い女子生徒の入学を望んでおられると思います。なので、下心でもいいです。どうか私に一票をよろしくお願い致します」。
先日菊池が竜ヶ崎の去り際に放った一言がフラッシュバックする。
(これじゃ、ゆづの言う通りに金髪に戻してやることも難しそうだ)
菊池の過激な発言で一触即発な展開へと転がると思われたが、菊池の公約は女子生徒の入学者数を増やすという男子生徒にはメリットしかないものである。菊池自身がイメチェンで清楚系美人に成り代わっていることも助けて、憤りを感じる輩が暴れる自体は避けられたらしい。
今回は学校側の方針でも女子生徒を増やすことを目的とした生徒会選挙は、会長は女子生徒という縛りが設けられており、数少ない女子生徒から候補者を募っての選挙戦だった。
そこへ男子生徒の下心を読んだかのような謳い文句の演説をする菊池に、負けなどあるはずもなかった。不良以外の生徒から一縷の望みであるかのように、菊池へそれは託された。
選挙戦が終わり、圧勝だったらしい生徒会長選挙戦は、その日のうちに菊池の当選が決まった。その放課後、屋上に集まる竜ヶ崎と弓月と桜木。
「これじゃ、マジで金髪に戻せなくなるな」と桜木をジト目で見る竜ヶ崎。
「早々に三浦先輩の裏番権限が封じられましたね!」
嬉々として言ってのける根性が気に食わない。これは菊池の下克上に助け舟を桜木が出した感覚に近い。
「どうせお前が焚きつけたんだろ」
「はい。そうでもしないと、彼女の怒りは収まりませんから」
そう言われると、竜ヶ崎と弓月はぐうの音も出ない。
「あ、そんな気まずいことではないんですよ。彼女の性格上、適性があると思ったからやってみら? って言っただけです」
「演説でも見たでしょう? 一部で強い反感買うの分かってて、気丈に演説して見せたんですよ。僕の采配は間違いなかったかなと思うんですけど。適材適所ってまさにこの事ですよ」と桜木自身も菊池を過小評価していたと悔恨が込み上げたような顔をする。
「それに、芯の強い女は嫌いじゃないです」
「……たしかに、あの演説はカッコ良かった。そもそも菊池さんは最初からカッコ良かったけど」
弓月も賛同し出して、竜ヶ崎の立つ瀬がない。だが、驚いたことに、弓月は竜ヶ崎と相性が良いのは菊池ではないかとさえ言い出す始末だ。
それは竜ヶ崎の脆さを知った上で、菊池のような心の強さを持った人が支えになってあげるべきだ、ということだった。
桜木もこれには茶々を入れられず、沈黙を選択する。それが肯定しているように見えていると周知の事実であっても。
「……三浦先輩。竜ヶ崎さんに言ったことあるんすけど、強さって人それぞれじゃないですか?」
桜木が珍しく茶化すことなく、交互に二人へ視線を送る。
「竜ヶ崎さんの圧倒的な強さ以外にも、人を守ると強さって、千差万別というか……。僕、三浦先輩が弱いなんて一度も思ったことないんすよ。だって、あの竜ヶ崎獅郎とずっと幼馴染みを続けてんすよ? 据わってる肝の大きさが違いますって」
「それに、三浦先輩は自分のできることを精一杯やって、竜ヶ崎さんと関係を修復しようとしたんですよ。これのどこが強くないのか」と強い眼差しで弓月を見た。
「竜ヶ崎さんの強さは誰もが知ってる。それでも竜ヶ崎さんも人間です。三浦先輩が騒ぎに巻き込まれた時に、助けが間に合わなかった、我を忘れてしまった、色々弱点が露わになりました。でも、それらで悩む竜ヶ崎さんを掬い上げたのは誰ですか」
敬愛する弓月を前に、感極まって初めて竜ヶ崎に涙ぐむ姿を晒す桜木。それでも構わず「三浦先輩、貴方なんですよ」と断言した。
「隣に三浦先輩のような人がいないとダメなんです。他じゃ替えが効きません」
そして、桜木は弓月に言った。「竜ヶ崎さんは最強ですが、最弱です。それを圧倒的な強さで隠してるだけで、実際は三浦先輩の方が何倍も覚悟を決める潔さも、芯の強さもあるんですから、どうか三浦先輩。自分を卑下することはしないでください」。
別れの言葉を述べるように弓月に告げた桜木は、そのまま屋上から姿を消した。
「……俺、散々弱いって言われた……」
「俺は散々励まされて、もらい泣きしちゃった」
「明日から、菊池の不良狩りが始まると思うと、頭が痛いな」
「そもそも不良である必要あったの? 自分からはほとんど喧嘩買わないタイプなのに」
「そりゃ……」
そこで、桜木の言葉を借りてみる。「そりゃ、ゆづを守りやすくするためだろ」。
「だったら、不良である必要はなくなるね」
「だって、菊池さんが不良を一掃するって言ったんだよ。きっとここら周辺もこれから変わってくる」とゆづはにこやかに言った。
それを聞いて、竜ヶ崎はしてやられたと頭を垂れるしかなかった。
(畜生。桜木の奴、どこまでも可愛くねぇ)
——完——
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