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第34話小話——You are KING—side story 桜木肇——

 桜木肇の朝は早い。中学生の頃より日課にしていたことが突如としてする必要がなくなったが、そう簡単に習慣は消えない。無意味な早起きに欠伸をひとつ。  登校しても生徒一人いやしない教室を通り過ぎ、奥まった場所にある生徒会室に入る。実は他の生徒会役員立候補の中に桜木の名前を挙げており、あれよあれよと副会長の座に着いてしまっている。 「あら、肇。早いわね」 「百合さんこそ」 「私はこの場所で勉強する方が捗るの」  「忌々しいけど、私をいつでも初心に戻してくれる場所」と他の教室とさして変わらない風景を見渡す菊池。 「……本当、百合さんの神経は太いですよね」  元々普通の教室だったところを、わざわざ生徒会室にして使用しているこの教室は、以前、竜ヶ崎に「飽きた」と言われた場所らしい。此処は終わりと始まりの場所だと菊池は言う。 「私が変わったきっかけでもある場所だから、竜ヶ崎の顔がチラつくのは嫌なんだけど落ち着くのよ」  菊池らしい回答にふ、と笑みが溢れる。 「どうせ、百合さんは辺鄙な場所に生徒会室を持ってくることだけは最初から決めてたでしょ」  朝から勉強をする菊池の隣の机に腰掛けて邪魔をする。以前から菊池を過小評価していたと思っていたが、生徒会長になってからはその能力を目覚ましく発揮させている。  たった半年で、S校が抱えていた生徒の素行の悪さも随分と改善され、さらに今年入学してくる女子生徒は他校の女子生徒数と遜色ないと教師から会長の手腕ぶりを褒めちぎっていたほどだ。  春先は何かと忙しい生徒会だが、こうして朝ゆっくりと勉強ができているのも、菊池の有能ぶりが大きく起因しているだろう。  桜木に思惑を言い当てられたからか、それには明言せず「これでも私肇に感謝してるのよ?」とこちらに微笑む。 「あの時、生徒会に入らないかって言ってくれたじゃない」  当然、三浦が菊池を振った日のことである。 「そんなやめてくださいよ。僕だって三浦先輩と同じように、最初は別の魂胆があったんだし」 「でもやらない善よりやる偽善って言うじゃない?」  それを言われてしまえば、桜木は黙るしかない。菊池を生徒会へ勧めたのは確かに復讐の類を起こさせないようにするためであったのだ。  細い手首に付けられた時計で時間を確認する菊池は、首を傾げる。「今日は遅いわね」。  それとほぼ同時に駆け足でこちらへ近付く足音。慌てて開け放たれたドアからは、三浦を小脇に抱えた竜ヶ崎が息を切らして仁王立ちする。「っギリギリセーフ……っ」。 「何がよ。一分でも遅れたら、生徒会の連名に挙げさせないって言ったわよね」 「へ?!」  これには桜木も寝耳に水である。 「ごめんなさいね。こちらとしてもアイツ一人入ってきたところで何の役にも立たないのは分かってるんだけど、弓月君と同じ大学に受けるって言うもんだから。せめて内申点だけでも上げておかないと、今の成績だと絶対、100%無理なのよ」  小脇に抱えられたままの三浦は、靴さえ脱ぐ暇もなかったらしい。それよりもこの状況で寝ぼけ眼でいられる三浦の図太さは、流石竜ヶ崎と幼馴染みを続けてきただけのことはある。 「竜ヶ崎さん、三浦先輩がまだおねむのようですよ」 「ああ、コイツが珍しく寝坊したから俺が起こして此処まで連れてきたんだよ」  遅刻の言い訳を並べる竜ヶ崎に、菊池はピシャリと言う。「言い訳はいいから、書類整理よろしく」。 (ああ、だから百合さんは悠長に勉強できるわけか)

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