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第35話

 あの竜ヶ崎を駒にしていると喉まで出かかったが、何とか胸の内に押し留める。 「肇も竜ヶ崎のサポートよろしく」 「……」  桜木は菊池に懐疑的な視線で一瞥する。 「今年の生徒会二人だけなのよ?」 (此処に竜ヶ崎さんたちが入り浸ってるから、他が辞めただけなんだけどな)  手慣れた様子で小脇に抱えていた三浦を抱え直し、膝の上に乗せて席に着く竜ヶ崎。人形を抱えるように難なく持ち上げているが、一応男子高校生を抱えているのだと忘れそうになる。  ここまで脱力した三浦を見たことがないので、思わず野暮なことを聞いてしまう。 「三浦先輩がここまで眠そうなの珍しいっすね」 「……昨日、遅くまで勉強してたんだよ」 「へぇ、遅くまで勉強」 「桜木、その顔やめろ。ムカつくから」 「あ、出ちゃってました?」  ついつい憎まれ口を叩いてしまう桜木に、舌打ち一つでスルーしてくれる。それはあくまで三浦の面影が重なるからだろうが、それでも桜木にとっては嬉しかった。  こうして任務完了後も三浦と竜ヶ崎は、何かしらの形で桜木と関わりを持ってくれるのだ。竜ヶ崎はあからさまに不本意という顔をして見せるが、口に出すことはない。 「でも、金髪頭がトレードマークだったのに、今も黒髪なんて未だに僕が慣れないですね」  「ただのチャラいイケメン——」と桜木が言いかけたところで、三浦がそれを否定した。どうやら嫉妬らしい。  たしかに、伝説級の逸話を持っているだけに、この生徒会室に訪問する客はいなくとも、最近の竜ヶ崎の変貌ぶりに女子たちは歓喜の声をあちこちで上げているらしい。  すっかり生徒の模範となった菊池が桜木たちの無駄口に釘を刺す。さらに菊池は「もうすぐHRが始まるから終わっていいわ。肇は最後見落としがないかだけ確認して解散」と生徒会長ぶりを窺わせる。  生徒会長の顔をしたまま三浦たちを見送った菊池は、残る桜木に「もうそろそろじゃない? その髪」といった。  ギリギリまで勉強していく気らしく、こちらに視線を寄越さないが、それが幸いした。一瞬の揺らぎが肩に出る。 「頭髪検査に引っかかりそうですかね。前髪が目にかかりそうですし」 「何言ってんのよ。アンタ、わざわざ黒染めしてんでしょ」 「えーやだなぁ、僕、染めてないです」 「女の目を誤魔化せるわけないじゃない。竜ヶ崎(アイツ)じゃないんだから」  たしかにそうである。すぐに視野が狭くなる武闘派の竜ヶ崎とカリスマ性のある菊池とでは天と地の差がある目を誤魔化すことは無理らしい。 「頭髪検査を厳しくしたとは言え、地毛証明があればわざわざ黒染めなんかしなくて良いわよ」 「……僕は、黒染めしないと結構目立つ色の茶髪で。それが嫌なんで、これからも黒染めしますよ」  桜木の手間を思っての発言だったのだろう。しかし、菊池の言葉で喪失感が蘇る。根本の髪の毛を鷲掴みにして握り締めた。 「そうだったの。そんなにはっきりとした茶髪なら見てみたい気もするけど」  尚もこちらに視線を移さない菊池に助けられながら、「このことは内緒でお願いしますね」と言い逃げるように生徒会室を後にした。 (百合さんは相変わらずめざといなぁ。コレは三浦先輩しか知らないはずなんだけど)  わざわざ黒染めなんかしなくてもいい、今はこの言葉が酷く桜木の胸を抉る。これは桜木なりの「守り方」を徹底した結果だが、何とも言えない寂寥感を拭えず半年が経ってしまった。  燃え尽き症候群とはまた違った、桜木の深い溜め息は桜の花弁が舞い散るような切なさを募らせる。  思えば、菊池が桜木に感謝するあの日も、徹底した桜木の守り方で菊池と対峙していた。——三浦と同じようにハンカチを持って——。

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