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第38話

 竜ヶ崎は桜木の電話にさえ出なかった。 「停学中に何シケ込もうとしてんだよッ!」  両手に華の竜ヶ崎が歓楽街の方へ歩いているのを見た時、竜ヶ崎の限界がひしひしと伝わってきた。もしやと思い歓楽街の方へあたりをつけて来てみれば、この有り様である。  菊池が弓月に好意を寄せている状況で怒り狂っていたから、竜ヶ崎への直接的な怨恨の類いに気付いていない。  だから、女性関係トラブルに気を遣っていた三浦に守られて、ここまで鈍感でいられたのだろう。  檄を飛ばすつもりで殴りかかった桜木を、難なく避けて不審者を取り押さえるように腕を捻り上げる竜ヶ崎。  生唾と一緒に動揺と緊張も飲み込んで、竜ヶ崎を叱咤した。「この様子だと僕のメール既読だけ付けて読んでないですね」。  図星を突かれて舌打ちをする竜ヶ崎。よほど菊池の件が堪えているらしい。  身近で見守って来た桜木だからこそ、痛いほど伝わる。  兄貴のような存在でもありたいし、恋人のような愛情も持ち合わせてもいる竜ヶ崎にとって、恋愛感情のような嫉妬や執着心に自己嫌悪していることだろう。  そのどちらかを掘削してしまうことしか考えられていない。  だが、桜木も似たような感情を抱いていたこともあり、自分なりの答えを既に持っている。それを実行に移していない——否、移すことができないのが竜ヶ崎と大きく異なるが。  視線が交わらないように、桜木は「僕はこれから行くとこあるんで、失礼します」とその場から立ち去る。奥歯を噛み締めて、喉から出かかった言葉を堰き止めるのに必死だった。  桜木は意味もなく学校へ戻る。あのまま直帰しても良かったが、感傷に浸るには教室の窓から差し込む西日が哀愁さも感じられて丁度良い。  運悪く、桜木の学年は共学になった年であるためか、どこの教室も少数の女子が教室で恋愛談義に花を咲かせている。  仕方なく男所帯とも言える学年まで階段を上がれば、生徒のほとんどは出払っていて無人の教室があった。  原則他学年の入室は禁じられているが、とにかく感傷に浸りたかった桜木は構わず西日の差し込みがある席に腰を下ろした。 「そこ、私の席なんだけど桜木肇君」  こんな偶然があるのかと思ったが、桜木は視線の方へは顔を向けず、窓からの風景をただただ眺める。大した眺望ではないが、烏が夕刻に鳴きながら飛んでいる姿を見ると安易におセンチになれる。 「なんで菊池さんが残ってるんですか。せっかく良い場所なのに」 「良い場所でしょ。この時間帯は夕陽をバックに飛んでる烏を見ただけで物悲しい気分にさせられるんだから」 「それよりも、なんで僕の名前知ってるんです。僕、名乗りましたっけ」 「あら。そうだっけ?」  すっとぼけても桜木はちゃんと記憶している。あの場で自ら名乗った記憶はない、と。 「で? 私に用があってここに来たわけじゃなさそうだけど」  三浦が騒動に巻き込まれた後日に菊池と会い、状況説明をした日以来の再会である。 「そうですね……いや、また来るって言ったじゃないですか」 「そう。じゃあ一緒に黄昏とく?」  騒動からこうして毎日放課後一人教室で佇んでいるらしいが、三浦が巻き込まれてからは、烏も暗闇で見えなくなるまで見つめているらしい。  前の席に座る菊池は、「貴方はよくできた人間ね。弓月君と知り合いだろうに、私に叱責を浴びせないなんて」とこちらに視線を寄越さずに言う。菊池も同じように、窓からの西日にあたる。  「僕に謝ったってどうしようもないじゃないですか。それに……こういう状況下で、名指しで誰が悪いなんて言うことはできないですよ。少しのズレが回り回って……ですから」 「客観的な意見ありがとう。じゃあ、もう少し時間くれる?」 「今回の騒ぎで、菊池さんの名前が上がってこないのが気になりますか?」  それに初めて無言で肯定を示した菊池に、桜木は教えてやる。竜ヶ崎からの情報提供だが。 「岡田たちが口を割るようなら、菊池さんもいずれ名前を呼ばれると思いますけど」 「……いっそすぐに呼んでくれた方が気が楽だわ」 「だったら、元凶は自分です、って先生に言っちゃいます? 僕、付き添いますよ。もうすぐ暇になりますし」 「……」  「何なら、もうすぐ生徒会選挙があるんで、一緒に立候補しません?」  完全なる自棄だった。

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