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第50話

 竜ヶ崎と桜木が同じ塾で勤務し始めた頃、近村がやたらと相談してくるようになった。それは決まって、竜ヶ崎がいない時に限るのがまたいけ好かない。  ——おかげで、余計なことを考えずに済むどころか、近村の異常性とも思える言動の数々を聞いては、竜ヶ崎にあてはめて回顧する。  だが、夜になればどうしても一人になるわけで。自然と足は竜ヶ崎のいる塾へと歩みを進めてしまう。  外野から見ても塾内が色めき立つ。それも桜木と竜ヶ崎が話し込んでいるところなら尚更。高身長2トップが絵になるのだろう。  劣等感の権化と化した場所に、わざわざ足を運ぶ己を嘲笑せざるを得ない。  弓月は授業が終わる前に背を向けて帰宅する。最近はこれがルーティーンである。  帰宅後、弓月はこれから帰ってくるであろう竜ヶ崎のために冷蔵庫を確認した。二人とも料理に関心がなく、いつもあり物で済ませていただけに、冷蔵庫には何もない。 「インスタントすら切らしてるんだったな。くそ、帰るついでにスーパーに寄ればよかった」  悪態をつきながら、再度出かける。  夜間に営業するスーパーは、仕事終わりのリーマン層が多い。惣菜コーナーで一人前の惣菜を手に取っているところを見る限り、専ら独り身だと窺える。くたびれた襟元からやつれた表情まで、限界社畜の様相だ。 (近い将来の俺だ……)  竜ヶ崎は大学での成績も申し分なく、積極的にインターンへの参加をしていて、希望する就職先から内内定を既にもらっているらしい。一方、元から勉強が好きでもない弓月は、目標のない勉学に勤しむわけもなく、なあなあでこなしてきた単位があるだけだ。  惣菜コーナーに群れるリーマンたちを横目に、野菜の直売コーナーへ向かう。すると、根菜を両手に吟味する近村に出くわした。「よぉ変質者。何してんの」。 「ちょっと出会い頭に酷くない? 明日彼女の好きなハンバーグを作ろうかなって。だから、大根で下ろすかデミグラスを作るか……てとこ」 「え、そんなスゲーもん作れんの? 俺は惣菜が売れ切れそうだったから、仕方なくこっち来てさ」 「竜ヶ崎と一緒に住んでるんでしょ? ついでに作ってやったら?」 「俺、ほとんど料理したことないんだよな」 「へぇ、じゃあ簡単なものから作ってあげれば良いんじゃない? インスタントだけだと偏るし、惣菜も毎回だと出費が嵩むし。何なら、僕が後でメールで分かりやすくレシピ書いてあげるからさ」  インスタントへの逃げを封じるかのように、手を差し伸べる近村。近場にあるじゃがいものメークインを弓月に手渡した。 「……彼女、とはどうなんだよ」 「ははっ、正直だなぁ三浦は!」 「うっさい! ちょっと話聞くだけだよ」 「うん。彼女とはちゃんと話したよ。僕がレシート抜き取ってたことに気付いていたらしくて、話聞く前からかなり御冠だったけど」 「で、どうだった」 「好き以外の思惑はないことをしっかり説明した上で、今までのお詫びの印にハンバーグってわけよ」  「だから、三浦のおかげ!」と屈託なく笑う近村に、好意以上の思惑がないことを突きつけられる。  近村の行動を頭ごなしに否定しなくて良かったと、再度思った。

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