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第49話——荒地に薫衣草——

 桜木の入学祝いと称して集まったK大のカフェに、桜木と菊池は暇さえあれば顔を出すようになった。ブロンドの二人組は、K大の中でもちょっとした有名カップルらしい。真偽は本人のみぞ知るところだ。  人の目を集めながらカフェに入店してくる桜木と菊池に、弓月は未だ肩を揺らす。  「近村先輩のとこ、バイトの募集してません?」と桜木が口を開く。  なぜか弓月は口に運ぶ手が止まる。 「塾講? 僕のところは募集してないんだよねぇ」 「そうですか。大学にも慣れてきた頃だし、バイト始めようかなって思ってるんですけど、知り合いからの紹介で入りたかったなぁ」 「菊池のとこは? つか、菊池が何をしてるのかすら知らないけど」  近村に話を振られても毅然と飯を食う菊池。 「私は忙しいからバイトなんてしてる余裕ないのよ」 「——だったら俺んとこ、来るか?」 「へ?」  竜ヶ崎の思わぬ発言に、真っ先に素っ頓狂な声を上げたのは菊池だった。 「アンタ、それは桜木を誘ってんの?」 「ああ。知人からの方が入りやすいってんなら、俺のとこは講師募集してるし丁度いいだろ」  予想外の反応をする菊池に出遅れて、驚くモーションに入れずにいる弓月は、仕方なく目の前の飯を黙々と口に運んで、他愛ない世間話として聞き入れる。  思いの外、菊池が竜ヶ崎を責め苛むような刺々しい口調でいうので、弓月を気遣っての発言かに思われたが、菊池からその気を感じない。  これはもしやと思い、弓月は頬張った口を動かしながら、そっと正面の菊池を覗き見た。 「ふーん……肇、竜ヶ崎が紹介してくれるって。良かったわね」  腕組みをした菊池と視線が交差して、思わず肩を窄めて目を逸らしてしまった。  弓月はそこから口数少なく、竜ヶ崎と桜木の話を蚊帳の外から聞くだけであった。 「ねぇねぇ三浦ー。これ、どう思う?」  近村の声をかけてくるタイミングはいつも絶妙だ。近村のメール画面を見せてきて、「どういう意味? 僕、全然分かんなくてさ。で、しかも最近避けられてるんだよね」と嘆き出す。 「……俺は女子の心の機微はよく分かんねぇけど、多分、お前が悪い」  「そのバッグの中には何が入ってんだよ」と弓月は言ってみる。 「え? この中は授業中に抜けた彼女の髪とか、一緒にご飯した時に彼女が使ったナプキンとか、それから——」  お誕生日席の椅子に座る近村に視線を移さず、弓月は飯を食い進めた。  意気揚々と話す近村の声を聞けば、無自覚でそれをやっていることは明々白々だった。「近村の彼女の怖いは至極当然だな」。 「だから何で?! 僕すごく彼女のこと好きだから、どうにかその怖い? ていう誤解を解いてあげたいんだよ」 「無理だ」 「え、もしかして、それで終わらせて見捨てる気?」 「俺には手に負えん」 (ホント、俺の周りは曲者ばっか。竜ヶ崎と近村が友達なのって類友ってヤツだし)  その間にも、桜木と竜ヶ崎の二人だけで話す時間は続く。  だからこそ、近村が無駄話で茶々入れてくれたことには、正直助かっている。きっと、その茶々がなければ、この場で理不尽にも竜ヶ崎へ怒りをぶつけていただろう。  近村が弓月に対する小言をぼやきながら、バッグから夥しい数のレシートを出す。通常なら出費の確認をしているように見えるが、相手が近村なだけに、弓月は口内のものを嚥下してから、おずおずと尋ねた。  すると、自分がいない間の全ての行動を知りたいからと、レシートを抜き取ったらしい。GPSは断られたので、苦肉の策としてこの策に講じたというが、弓月は絶句する。 (シロでもこんなことしないのに! コイツはシロよりも一枚上手だ) 「……」  弓月は頭を左右に振り、払拭する。近村の彼女が羨ましい、なんて。  以前のような独占欲の塊の片鱗さえも感じさせなくなった竜ヶ崎は、執着心と葛藤したプロセスを経て今がある。  だから絶対に、口に出すわけにはいかない。 「それ、さ。詳しく彼女に説明したらどう? 説明なくされると何をやっても不信感に繋がるだけだぞ」  とても近村のソレを止める気にはなれなくなった。

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