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1.狐は見つける①

 世渡(せと)コウは惹かれやすい。  人とか物に対して、ではなく、闇に惹かれやすいのだ。  悪鬼、妖怪、魑魅魍魎(ちみもうりょう)。悪魔、妖精、エトセトラ。  実家が特殊な仕事というわけでもなく、普通の人間の母から生まれた普通の人間のはずだったのに、何故か生まれつき一般人には認識出来ない異形の者たちの領域に、一歩足を踏み入れていた。  例えば花壇の中でうたた寝をする妖精や、電柱の影に潜む醜い餓鬼を、そこらの通行人を見るかの如く認識できる。日本語がわかる相手なら会話も可能だ。  だが、そこまでであれば俗に言う『視える人』。霊媒師でもやれば小遣い程度は稼げるくらいだ。 しかし『惹かれやすい』コウの体質は、それだけでは終わらなかった。 「…………………」 「オ、イ、シ、ソ、ウ」  深夜。冷たい小雨の中。地下鉄の駅から出たコウの眼前に、両手を広げても足りないないほどの巨大な一つ目と、割れた柘榴のように大きく裂けた赤い口が突きつけられていた。 「喰ベ、タイ。喰べ、テ、イイ?」 「また、か」  異形の者からみれば、コウは『いい匂い』がするらしい。そのせいで幼い頃から彼らに何かとつきまとわれていた。それでも今までは寄ってくるだけで何かをされるような事は無かったのに、三日前――二月二十六日に誕生日を迎えてからは、突然こうして命を狙われるようになってしまった。  後ずさりつつ、コウは異形の身体を眺めた。黒く長い身体は、二十メートルはあるだろう。ずるりずるりと自分の方ににじりよる動きは、蛇というよりナメクジに似ている。  最近読んだ小説の中では妖怪が減ったとあったが、現実はその真逆である。確かに化け狸や化け狐などのいわゆる『妖怪』は減ったのかもしれないが、代わりにこういう名前も得体も知れないような異形は、そこかしこに存在していた。そしてこの類いのものが、コウにとっては天敵だった。 「喰ベ、タイ。喰ベタイ。喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ喰ベタイ」  異形の口がぱっくり開くと同時に、コウはその場を駆け出した。地下へ繋がる階段を降り、元来た道を引き返す。喰らい損ねた異形は、長い身体をうねらせて逃げるコウの後を追った。 「やっぱり、飲み会なんて、行くんじゃなかった……!」  今日は大学のグループ実習の打ち上げで、皆と飲みに行っていたのだ。夜に異形の活動が活発になるのは知っていたので、自分は帰ると断ったのだが、無理矢理引っ張って連れて行かれた。  怒ってでも途中で帰っていれば良かったと、コウは走りながら後悔する。一昨日と昨日は運良く助かったものの、幸運はそう何度も続かないだろう。今日こそ本当に食べられ死んでしまうかもしれない。

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