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2.狐は見つける②
人気のない駅の改札前を通り過ぎ、突き当たりを左に曲がって長い地下道を必死に走る。後ろを向けば、一つ目の異形が文字通り風の如く迫っていた。先の緩慢な動きとは裏腹に、長い身体を左右にうねらせ、あり得ない速さで追いかけてくる。自転車、あるいは自動車程度は出ているだろう。細かい牙の生えた赤い口の端から涎が垂れているのを認めたコウは、ひく、と喉の奥をならした。
天井の低い地下道に、コウの足音と息づかいが響く。
そろそろ体力の限界だった。
コートは重くて走りにくいし、足はだんだん重くなる。肺が痛くて胸が苦しいし、喉の奥から血が出そうだ。
「喰ワセロロロロロロ!!!!」
異形は尚も速度を上げつつ、コウとの距離を縮めてくる。
「く、っそ……!」
五十メートル。
四十メートル。
三十メートル。
「嫌だ。まだ、死にたくない」
ようやく二十歳になったのだ。妙な体質を持ってはいても、それと上手く付き合っていけた。大学生活も人生も、これからもっと楽しくなるはずだったのに、こんなところで終わりたくなかった。
だが、異形は餌の思いなど気にも留めない。
二十メートル。
十メートル。
「喰ワセロ!!!!」
異形の吐息を背後に感じ、コウの目に涙がにじんだ。
ああ。終わった。
すべてを諦めぎゅっと固く目を閉じる。
その時だった。
「アアアあああああああアアアア!!!」
「ようやく見つけた」
絶叫と共に、間近で静かな声が聞こえた。身体が優しく抱き留められ、どこか落ち着く匂いを感じる。
コウは瞳を開き、相手の姿を仰ぎ見た。
年齢は二十後半といった所だろうか。白に近い銀の髪。雪の如く白い肌と、深海よりも深い碧眼。整った眉は斜めに上がり、鋭くも凜々しい印象を持たせる。頭一つ分上からコウをじっと見下ろしているその男は、恐ろしいほどに美しいかった。
だが、顔以外の部分に意識を向けたコウは、思わず息を呑む。
頭の上には、白い獣耳。尻からは、白銀の毛で覆われた九つの尾。着ているのは、中国の宮廷映画に出てきそうな、白と緑をあしらった漢服。
明らかに、日本人ではない。それどころか、人間でもない。
彼は異形の者だ。
コウはそう直感した。しかし、不思議と恐怖の感情が浮かんで来ない。それどころか、どこか懐かしささえ感じていた。
「お、お前は……」
抱き留められたままコウが問うと、彼はほんの一瞬目を細めた後に薄い唇を開く。
「蒼月 」
その後少し間を置いて、独り言のように呟いた。
「……荼枳尼 天の使いの九尾狐だ」
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