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3.狐は見つける③

 荼枳尼天。その名は民俗学の授業で聞いた事がある。確か、インド神話に出てくる夜叉であり、護法神やら地獄の官吏やらをしている神だ。日本では、白狐に乗った天女とされ、稲荷の神と習合されているとかなんとか。  その使いということは、つまりこの狐男、異形は異形でも神獣の類いと言うことになる。だが、どうしてそんな存在が自分を助けに来たのだろう。  蒼月の横顔を眺めつつ、疑問を口に出そうとする。だがその問いは、彼の舌打ちに寄って遮られた。 「念影(ねんえい)め……。諦めの悪い……」  コウの肩に回された手に力が込められる。蒼月の視線の先に目をやると、壁から天井から黒い液体のようなものが、どろりどろりと落ちてきて、床の上で幾つもの水たまりを作っていた。その水たまりはそれぞれが、先程蒼月が倒した異形と同じ姿になっていく。 「ひっ」  コウは思わず喉を鳴らす。無意識に、蒼月の方へ身体を寄せた。 「なんなの、あいつ」 「念影。生物の強い負の感情から生まれる影。理性を持たず本能に従う化物だ」  答えながら蒼月は、ニタニタと笑いながら這いよる異形達に向かい、空いた右手で空を一閃する。彼の手が通った空間から青白い炎が次々生まれ、九つの火の玉が蒼月の前に一列並んだ。 「九百年前は吹けば飛ぶほど弱い異形だったというのに……。奴らも進化した、ということか」  蒼月はぼそりと呟くと、コウの方に視線を向けた。 「お前、退魔術は使えるか? 陰陽術でも道術でも異国の術でも、流派は何でも構わないが」 「使えない……」  申し訳なさげにコウは答えた。こういう体質だからと、過去に何度か霊符やら術やらを本で調べて、そこらにいる異形に試した事がある。しかし結果はてんでだめ。嫌がられるどころか、逆に構って貰ったと勘違いしたらしく、余計につきまとわれることとなった。 「……それで、良く今まで喰われなかったな」  半分嫌みのようなその言葉をほぼ無表情な顔で告げられたコウは、胸に苛立ちを募らせた。  蒼月の青い瞳を睨みつつ、声を荒げながら言い返す。 「うるさいなあ。今まで喰われそうになることは無かった……」  しかし、最後まで言葉にすることは出来なかった。 「だが、私に取っては都合がいい」  何が、と問いかけるより先に、蒼月の右手がコウの前髪を掻き上げた。  混乱している間に蒼月の整った顔が近づいて――  唇が、額に触れた。

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