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4.狐は見つける④
「はぁ!?」
喉から頓狂な声を出して
両手で額を覆う。不本意に頬が熱くなるのを感じて蒼月から身体を離そうもがいてみたが、肩を抱く手の力が余りに強くて叶わなかった。
「何してるんだよ! 俺は……、俺は……!!」
額とはいえ、初めて受け取った他者からのキス。しかも相手は男で、おまけに異形だ。
まとまらない感情を吐き出すように叫ぶコウ。だが蒼月は、眉根一つ動かさない。
「落ち着け。少し術を掛けただけだ」
「術ぅ!?」
「ああ。それがあれば、お前は少なくとも半日、異形に襲われることはないだろう」
蒼月はするりとコウを解放し、自らの後ろを指さした。その指先を視線で辿ると、遠く通路の端に出口の電光掲示板が目に入った。
「私が念影どもの相手をしている内に、お前はあそこから地上に出て、そのまま逃げろ。……奴ら、回復したようだからな」
「……!」
「ニン、ゲン。喰イ、損ネタ」
「キツ、ネ、ノ、セイ」
「喰ウ? 美味イ、カ?」
「喰ッテ、ヤル」
見れば床に落ちていた液体は、すべて一つ目の異形の形を取っていた。地下道を埋める異形の群れに、コウは蒼白しながら後ずさる。
「……雑魚どもが」
蒼月は間近に並んだ炎の玉を指で弾いて、にじり寄る異形の群れへ次々飛ばす。
「ギャアアアああああ!!!」
直撃した火の玉は、青白い炎を上げて異形だけを燃やし尽くした。
蒼月は再び火の玉を生み出しながら、振り向きざまにコウへ告げた。
「早く行け」
「でも、蒼月は……」
彼を心配したでもなく、戸惑いの中、反射的に出たその言葉。
だが、それを聞いた蒼月は、僅かに口角を上げた――気がした。
「この程度の輩……神獣である私の敵ではない」
「……」
「……案ずるな。またすぐに会いに行く」
その言葉が終わると同時に、異形達が彼に向かって飛びかかる。
蒼月は火の玉を飛ばしながら、鋭く怒鳴った。
「行け!!」
それを合図に、コウは戸惑いを振り切り反対側へと駆け出した。
地下道を走って階段を登って地上へ出ると、暗がりの中をまた走る。途中、念影を含めて何体もの異形とすれ違ったが、いつものように追いかけられることは無かった。
それを蒼月の術のお陰と思う間もなく、自分のマンションへと辿りつく。
「はぁ、はぁ……」
エントランスをくぐり抜け、階段を二階分上がって廊下を渡り、ようやく自分の部屋へ帰り着いた。
「疲れた……」
扉を開けて中に入った途端、どっと身体が重くなった。五メートルほどの短い廊下をよろよろ歩き、六畳と少しの部屋に明かりをつける。
壁に掛かった時計は深夜の一時を指していた。
コウは息を整えながら、部屋の中ぐるりと眺める。
小さめのカーペットが敷かれた床の上には白いローテーブル。朝コーヒーを飲んだカップを上に放置したままだ。正面の壁沿いにはテレビと本棚。大学の講義で使う民俗学の本が並んでいる。
慣れた自室に安堵感を覚えつつ、コウは部屋の半分を占めるベッドの上へなだれ込んだ。
「今日も、生きて帰れた……」
呟きながら、コウは静かに目を閉じた。脳裏には、蒼月と名乗った白銀の九尾の姿が浮かんでいる。
助かったのは、彼のお陰だ。だが、いくら考えても彼がやってきた理由がわからない。それに、初対面のはずのあの狐に対し、懐かしさを感じたのは何故だろう。
「そういえば、すぐに会いに行くと言ってたな……」
本当に来るのだろうか。だとしても、いつ、何をしに……
だが急に訪れた睡魔に勝てず、その先の思考は眠りの底へと落ちて言った。
その晩、夢を見た。
白い花を付けた梅の木の下、足元に無数の死体を侍らせて、手を紅に染めながら佇む、ひどく美しい銀狐の夢を――
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