15 / 15
15.狐は誓う②
「蒼月……」
コウは拳を解き、おもむろに手を持ち上げた。
念影という黒い影。奴らに襲われ、逃げまわり、運良く助かり続けたこの四日間は、奇跡に等しいものだろう。それをなしえることが出来たのは、淳と――そして、この蒼月のお陰なのだ。
異形は自分を狙う敵。更に狐は嘘つきの悪鬼。関係を断ち、二度と会わない方がいい。
昼間に言われた淳の言葉が頭の中に蘇る。だが、コウは彼を拒絶する事が出来なかった。
助けられたからではない。正直欺されているのではないかという不安もある。だが、景色に驚くコウに見せた笑顔は、電車より自分の方が早いと不貞腐れた表情は、そして今自分を見つめている真剣な瞳は、偽りではないと思ったのだ。
それに、自分を喰おうとする異形は理性のない異形だけだと言うのなら、少なくとも彼に喰われる心配は無いだろう。
「俺はお前を、完全に信用したわけじゃない。けど、だからといってあっけなく喰われて死ぬのも嫌なんだ」
確かに淳も助けてくれると言っていた。だがいくら親友とはいえ、彼は人間。彼には彼の生活がある以上、頼り過ぎる訳にもいかなかった。
けれど異形であり、コウを守る為にやってきたと宣言する蒼月には、その辺りを気遣う必要は無い。
コウは頬に当てられた蒼月の手へ、そっと自分の手を重ねた。覚悟を決め、顔を上げて彼の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「だから、お前を頼ることにするよ。どうか俺を守って、蒼月」
「……ああ。分かった」
コウの返事にふわりと彼は微笑んだ。その表情があまりに優しく、コウは思わずときめいた。同時に、心の中へ歓喜が一気に湧き上がる。なにかとてつもなく欲しかった物が、ようやく手に入ったような感覚だった。
そのまま溢れ出る感情に身を任せていたコウだったが、しばしの後に我に返り、ぱっと蒼月の手を放す。そして彼に背をむけ、わざとらしく話題を変えた。
「そういえば聞きたい事があるって言ってたけど、あれは何だったの?」
「ああ、それもこれから話すところだった。まあ、聞きたい事と言うより、頼みたいことと言った方がいいかもしれないが」
「頼みたい……?」
その瞬間、ひどく嫌な予感がした。なんだか断っても断らなくても面倒事になりそうな気がする。
「一体何を……?」
恐る恐る振り向くコウを指さして、蒼月はさらりと告げた。
「お前の身体を、調べさせて欲しいのだ」
ともだちにシェアしよう!