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出会い
「辰臣、こちらへ。」
その声に、少年はここへ来てから俯けたままだった顔を、ゆっくりと上げた。
太陽の光をたっぷりと吸い込み、部屋を柔らかく照らす大きな窓の前に立っていたのは、文字通り夢にまで見た憧れの、己の護るべき主君。彼のことはそれこそ御伽噺のように何度も何度も聞かされていた。一体どんなに魅力的で賢く素晴らしい御仁かと。期待に期待を重ね、とうに膨らみきっていた想像を、それでも彼はあっさりと越えてきたのだ。
魅力的?素晴らしい?いや、そんな言葉ではあまりに低俗すぎて彼には相応しくない。
身長は自分より10センチ以上は高いだろうか。上等そうな濃紺のジャケットに、シンプルな白いシャツ。皺ひとつないスラックスを履いた長い脚はきっと自分とでは歩幅がまるで違うだろう。
遠目からでも無駄な脂肪のないバランスの取れた体格だとはっきり分かる彼が、こちらを振り返る。緊張で酷く口内が乾いている気がする。
「――、っ」
何日も前から準備していたはずの、挨拶の言葉さえ出なかった。
少年は、こんなにも美しい人に初めて出会った。
日光を浴びてキラキラと輝いているように見える黒髪はさらりと流れて涼しげな目元に影を作り、白磁のような肌によく映えている。
「なんだ、それは。」
それぞれのパーツが正しい位置に収まっているその顔が、しばらく黙ってこちらを見ていた目が、きゅっと険しくなってそう吐き捨てるように言われるまで、ただただ目の前の人に見惚れることしかできなかった。
ああ、この御方は鋭く心地よく響くその声まで美しいんだなんて考えながら。
今も敬愛してやまない、ご主人様との出会いはそんなふうに体中に電撃が走ったように衝撃的で、今でも鮮明に思い出せるほど。
兎にも角にも俺はあの日を、どれだけ歳をとって白髪が増えて耳が遠くなって耄碌しても絶対に忘れないと誓っている。
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