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日常が非日常に変わる時-7
「好きだ。」
彼の真っ直ぐな言葉に、じわりと額に汗が浮かぶ。
「やっぱりどうしたって諦められない。ただの護衛や付人としてじゃない、一人の男としてお前を愛してる。」
懇願するかのような告白を受けているのに、何故かこちらが逃げ場のない崖っぷちに追い詰められているような気さえしてくる。有無を言わさず彼のものになってしまうような、彼が生まれ持った圧倒的”支配者”のオーラがそうさせるんだろうか。骨身に染みついた一様敬愛精神のせいで、うっかり頷いてしまいそうになるが流されてはいけないと歯を食いしばる。暫くの沈黙の後、肺一杯にゆっくりと空気を取り込んでから、辰臣は頭を下げた。
「申し訳ありません、私は――」
一様の気持ちにはお応えできません、そう続くはずだった。けれどそれを許さないとでも言うように、綺麗な指先に顎を掬われて口を噤む。
「言うな。」
僅かに眉を寄せて、困ったような泣きそうな顔で一が微笑んでいた。
「努力するのは勝手だろ?」
この人は今自分がどんな表情をしているか分かっているのだろうか。彼に取り入ろうと必死になっている数多の女性がこんな視線を向けられたら卒倒してしまうかもしれない。
だって現に今自分でも、こんな視線を向けられて恥ずかしくて死にそうなのだ。顎に触れている指先の体温からも、優しく緩められた瞳からも痛いほどに”好き”が伝わってくる。
「オミがいい。オミ以外はいらない。」
ああ、もう。
この人は絶対に分かっていてやっている。
自分の顔と声のよさを。
それと、五十嵐辰臣は成瀬一を世界で一番敬愛していることを。
「絶対に逃がさないから、覚悟しておけよ。」
その日から、一との攻防戦が始まった。
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