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第2話 まるで少女のように

 どうしてスタジオカメラマンに?  そう面接の時に、この面接にこぎつけるまでの間に何度も、何度も、周囲から問われ続けた質問を再び問われた。  気が狂った人間にそんなこと訊いたって仕方のないことなのに。  俺は海外と日本、合同で製作予定だった動物ドキュメンタリーの撮影に入るはずだったんだ。そこで成果をあげられれば、今まで以上の安泰を手に入れられるはずだった。カメラマン、特にフリーで撮っているカメラマンで充分な収入と充分な仕事、環境を手に入れられる人間なんてどのくらいいると思う? そう何度も友人、恋人に咎められた。  けれど、俺は全てキャンセルした。  幸い、まだ話をもらえた時点でのキャンセルだったから大事にはならず、ただそこ関連の仕事はもう一切来なくはなるだろうというだけで済んだんだ。  でも、どちらでも構わない。  どちらにしてももう俺は彼らと組んで仕事をすることはないだろうから。  だって、海外を飛び回って動物を撮っていたら、彼を撮る機会はゼロパーセントだろ?  畑が違うのだから。  けれど、人を撮っていれば、ほんのわずか、砂粒以上に小さな破片程度の可能性だとしてもゼロではなくなるから。だから、スタジオカメラマンという道を選んだんだ。  ほら、正気じゃない。  いいマンションに、ビジネスクラスで世界を飛び回ることもできる収入、それから美人の恋人、全部捨てて、月収二十万程度に賃貸アパート暮らしになってまで何を撮ろうってんだ。  ――動物をたくさん撮影してきましたが、今は無性に人を撮りたくなったんです。  そう、うそぶいた。  本当は、動物ではなく、彼をどうしても一度で良いから撮ってみたくて、その可能性がほんの少しでもあるだろう道を選んだだけのこと。  ただそれだけだったんだ。 「好きに撮っていいよ。恋人、結婚したい相手ナンバーワンに選ばれたんでーすっていう写真だから」  嘘、だろう?  正気を失いすぎて、夢の中でも構わないから実現させたくて仕方がなかったから、そんな願望を夢にして、今見ているんだろうか。 「笑えるだろ? 俺みたいなの、恋人にしたい奴いると思う? ましてや結婚とか、バッカじゃねぇの」  ファインダーの向こうで彼は冷たく笑って、チャペルへと続く窓のステンドグラスから外を覗き込んだ。その横顔を赤、青、黄色、緑のガラスを通して色づいた光が照らしてる。  白いタキシードにはゴージャスなブートニアが胸から溢れるように垂れ下がっていた。 「い、ると……思いますよ」 「は?」  会話をしている。  彼が俺の返答に眉を寄せて、眉間にわずかに皺を刻みながら返事をしてくれる。 「貴方、綺麗だから」 「…………」  嘘、みたいだ。 「……バカじゃねぇ」  信じられない。 「えぇ、そうですね」 「……」 「そう思います」  彼と言葉を交わしてしまった。  信じられない。こんなことが本当に起こるなんて思いもしなかった。なくてもよかったんだ。というより、その辺にいくらでもいるただのカメラマンが彼を撮るなんてこと、まずないだろう? 妄想でかまわなかった。まるで少女がアイドルに恋でもするように。  ただ彼を追いかけたかっただけ。  追いかけているだけで楽しかったから。ワクワクしたから。  それなのに――。 「でも、やっぱり綺麗ですよ」 「…………」  夢中でシャッターを押し続けていた。それはまるで近寄ることなんて到底できそうにない肉食の美しい獣が目の前に気まぐれで現れて、俺の足元にゴロリと寝転がってくれたような感動だった。今しかないと、その場でカメラをただただ握りしめて、何百回でも彼の気まぐれが終わってしまうまで夢中になってシャッターを切り続けるような感じ。  次の瞬間には「もうやめだ」とこの場を去ってしまうかもしれないからと、急いで、何十回も、何百回も。  今しかないんだって、息をするのも忘れて写真の中に、彼の一瞬一瞬を閉じ込めた。 「あ、すみません。データ、今、そちらに送ります」  デジタルカメラの中には前半、花嫁花婿のウエディングフォトが入っている。彼らは今頃、この結婚式場のどこかで著名なカメラマンに撮ってもらえたとテンション高く微笑んでいるんだろう。世界的に有名だった元動物カメラマン、よりも、今現在大人気の芸能人を撮り続けている有名カメラマンの方が嬉しいに決まっている。  鞄の中に常備しているタブレットを出し、中の写真のうち、「ミツナ」の写真だけを撮影スタッフへと手渡した。  ミツナは撮影を終えて、向こうでダウンコートを羽織りコーヒーをまずそうな顔をしながら飲んでいる。 「すみません。急なミツナの我儘に」 「あ……いえ……こちらこそ、こんな機会ないですから」  ミツナのマネージャーだろうか。彼は何度か頭を下げると、仏頂面をしたまま腕を組んでいた撮影スタッフの元へと駆け寄り、俺が撮った写真を彼らに見せた。  そこにミツナが加わった。ダウンコートを寒そうに肩からかけて。 「……うわ……」  思わず声が出てしまう。  彼が、俺が撮ったミツナを見ている。  なんだっけ? 写真のテーマ。恋人にしたい男、結婚したい男第一位記念だったっけ。とにかく今しかないって夢中になってたから。  ろくな写真、撮れてないかもしれない。 「なぁ! あんた!」  そう、急に心配になってきたところだった。 「あんただよ!」  ミツナが俺の写真を確認しているスタッフの輪から外れて、俺を手招いた。  彼に呼ばれた。 「名前は?」 「……え?」 「なーまーえ」 「ぁ……佐野です」 「下は?」 「悠壱」 「悠壱!」  彼に、名前を呼ばれた。 「ちょっと来て」  ただそれだけでまるで少女のように胸が高鳴った。

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