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第54話 キスしたかった

 部屋に帰ると小さな声でミツナが「ただいま」と呟いた。 「バーナードっていうカメラマンに撮ってもらえたら、一流になれるんだろ? そしたら、あんたがさ、一緒に仕事してたカメラマンのすごい人にも俺のこと認めさせられる。そう思ったから、今回頼んだんだ」  俺は「おかえり」と呟いた。 「あんたに似合う男になったら、言ってもらえるかなぁって思ってさ」 「……何」  おかえりと呟いたら、手をぎゅっと掴まれた。逃げられない、振り解けないほどの強さで手を握られて。 「好きって、言ってもらえるかもって……思ったんだ」  早く抱き合いたいと思いながら、その手を俺も強く握り返した。  抱き合いたいくせにベッドに押し倒されると戸惑ってしまう。 「あ、あの、シャワーを」 「やだね。無理」 「でも、俺、汗を……」  たくさん走ったんだ。途中までは電車だったけど、空港から近くのホテルだろうって予測できても、それなりに範囲は広いから、走り回ったんだ。あんなに必死になって走ったのは久しぶりだった。だから、先にシャワーを浴びないと。 「汗臭い、から」 「悠壱の匂い」 「あ……やっ」  首筋を吸われて、甘い声が溢れた。  そして、多分そこに赤い印がついた。チリリと肌に小さな痛みと一緒に施された、赤い印。  ミツナが俺につけた赤色。 「ね、昨日、ここで一人で寝た?」  するりと服の中に忍び込んできた掌に撫でられて、肌が火照る。身体の芯が蕩けてく。  早くミツナに抱かれたいと身体の内側が柔らかくなっていく。シャワーを浴びてる時間も惜しくなるくらい、今すぐにこの身体を抱いてもらいたいと内側から熱くなっていく。 「ぁ……ぅう、ん」  部屋、好きに使っていいと言われて、本当に居座ったんだ。夜までここにいた。 「寝なかったの?」  ベッドでうつ伏せになりながら、その問いにコクンと頷くと、覆い被さったミツナが俺の頭にキスをひとつした。 「いてくれてよかったのに」  むしろいて欲しくて、あぁ言ったのにと笑ってる。 「バーナードと契約してきたよって言おうと思ってさ。世界的に有名なカメラマンに撮ってもらえるからって。そう帰ってきて、あんたにすぐに言いたかったから、ここにいて欲しかったんだ」  俺の服を捲り上げて、優しく丁寧に唇でキスをしながら、大して細くも魅力的でもないただの男の背中を撫でてくれる。 「だって……ン、っ……寂しかった……から」 「!」  俺の出る幕はないのに、それでもと縋るようにここに居座るのは寂しいだろ? もう俺は用無しなんだからって。 「ね、俺のこと、好き?」 「あっ」  脇腹を撫でられながら、そっと耳元で囁かれてゾクゾクした。 「好、き」  その手が肌を撫でながらシーツとの間に割り込んできて、胸の粒を撫でてくれた。 「好き」 「……」 「あっ、ン」  乳首を撫でられると堪らなく切なくなる。 「あぁ」 「悠壱」 「あ、あ」  キュッと摘まれるととても気持ち良くて、身体が勝手にくねり出す。ミツナの指にもっと可愛がられたいとくねって、その指先に縋るように乳首を押し付けてしまう。 「あ、あ、あっ」  それに応えて、ミツナの指が乳首を撫でて。 「あぁっ」  摘んでクリクリと指の柔らかいところで転がすようにいじめられて。 「あ、あ」  摘んだまま、爪で先端をカリカリ引っ掻かれると腰が勝手に揺れてしまう。 「あっ!」  そして、乳首を撫でてくれる指先に夢中になっていたら、ミツナが腕を掴んで、うつ伏せになっていた俺を仰向けにさせた。ぐるりと視界が変わって、俺を組み敷くミツナと目が合った。 「悠壱」  心臓が止まるような。 「悠壱……」  心臓が躍るような。 「あっ」  不思議な感じ。  トクトクトクトク、忙しないその胸にキスをされて、背中を弓形にしならせてその柔らかい髪を両腕で抱きかかえた。 「やぁっ、あ」  乳首を唇に食まれて、蕩け切った吐息が零れ落ちる。 「あぁっ……あ、あ」  乳首、溶けそうだ。食べられてしまいそう。 「あ、あ、あ、そんな、吸ったらっ、ぁ!」  そして、唾液でびしょ濡れにされて硬くなった乳首を指で撫でられながら、もう片方の乳首を口に含まれた。甘い甘い刺激に何度も身体がびくんと跳ねてしまう。口元を手の甲で押さえながら、それでもどうしても零れる自分の甘ったるい啼き声。 「あ、あ、あ、ダメっあ、っ」 「悠壱」 「あ、あ、あっ……ン、んんんんんんっ」  キスで深く深く舌を絡ませがら、乳首をきゅぅって摘まれて、切なさに達した。 「あっ、はぁ、はぁっ」 「やば……悠壱、乳首だけでイった?」 「あっ……」  腹の上に散らばる白をミツナの指がくるりと撫でててから掬い取った。 「ノンケだった……」 「え?」 「さっき、ミツナが言ってただろ? 俺、ノンケっぽいしって……」  付き合ってきたのは全員女性だった。もちろん行為も女性としかしたことがないし、男性としてみたいと思ったことは一度もない。 「ミツナだけだ」 「……」 「こんなふうに……なるのは」  その綺麗な身体にキスをした。  着替えの時にドキドキしていたんだ。綺麗で、バランス良くついた筋肉に、肩や腕、骨っぽい指先、その全てに狼狽えていた。同じ男なのに。 「っ、悠壱」  ずっと、この肌に触れて、キスがしたいって。 「こんなふうに欲しいって思ったのは」  ずっと、思っていた。 「ミツナだけ……」

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