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第53話 恋は滑稽

「好きだ」  そう告げた。  息を切らしながらここまで走って、入ったところでちょうどロビーを歩いていたミツナを見つけたんだ。目を引くから、すぐに見つけられた。息も整わないまま、とにかく駆け寄って、早く早くと気持ちに急かされるままに大きな声で名前を呼んだ。バーナードに、誰かに、持っていかれてしまう前にと大慌てで。 「……悠……」  ミツナを追いかけて、ただ彼だけを真っ直ぐに見つめて。  だから、行き交う人に何度もぶつかった。それでもその人混みを掻き分けて。 「好きだ。だから、そのっ」  笑われるかもしれない。よくそんなことを言えるなって、超人気モデルのミツナを相手に身の程知らずって言われるかもしれない。 「行かないで、欲し、い」 「!」  世界的に有名なバーナードとじゃ、勝負になんてならないのにと。だから、もう最初から滑稽だろうから開き直ろう。 「その、無理だってわかってる。でも、俺が撮りたい。報酬もいらない。お願いだ。俺に、ミツナを」 「あのさ」 「知ってる。俺なんかが撮ったって、バーナードみたいなのは撮れない……かもしれない。こんなことを通してもらえるほど甘くないってわかってる。わかってるけど、どうしてもっ」 「あのさ! その話、なくなった」 「俺なら…………え?」 「だから、なくなった。今、さっき」 「……え?…………ぇぇぇぇ? なくなったって? 今? その、バーナードが撮るって言ってた話? は? あのっ」 「そう、なくなった。人違いだって言われた」 「は?」  ――君がミツナ? うーん……なんだろう、印象が随分と違う。君、あの時、パーティーにいたよね? 中央のところで人に囲まれてたよね? 髪型とか、背丈を見ても君で間違いないと思うんだけど……うーん。  そう言ってバーナードは撮りたくなくなってしまったようだと肩をすくめた。 「撮、撮りたくなくなったって……」  そして、ミツナも俺の呆然とした顔に肩をすくめた。 「な……んで」 「まぁ、俺はなんとなくわかるけど」 「は?」  なんで、バーナードに撮りたくなくなったって言われてそんな気楽な感じなんだ。普通、ショックだろ。わかるって、そんな気楽に言ってる場合じゃ。  背の高いミツナが背伸びをして楽しげに笑ってる。笑ってられるような状況、なのか? 普通に考えて、これって大変なことになってるんじゃないのか? その、期待してた、だろ? 日本のトップモデルになれるチャンスだったのに。 「今なら、撮りたいってまた言わせられる……かも」 「は?」 「ね、俺さ」  そんな呑気にいていいのか? 「初めて言われた」 「?」 「あんたに。好きって」 「…………えぇぇ?」  そう……だったっけ? あ、いや、どう……かな。言って……なかったかもしれない。確かに、ちゃんと言葉にしたのは。 「遊ばれてんのかもって結構悩んでたんだけど」  ミツナが? 俺相手に? 悩んでた? なんで? 何を? 「あんたノンケっぽいし、だから、まぁ興味本位なのかもなぁとか」 「そんなわけっ」 「よかった」 「!」  すごい顔してた。 「で、もうこの話は無くなったし、マネージャーがブチ切れそうだし」 「え? あっ! マネージャー!」  いた……っけ? いつから? どこから? 「……ここ、ホテルのロビーって知ってます?』  ずっと、そこにいた? かも? 「何をこんなところで話してるんですか。もう、本当に。私はこの後事務所でミーティングをしないいけませんので、とりあえず帰りますよ」  申し訳ないほど、ミツナしか見てなかったんだ。  ずっと、もうずっと前からミツナのことしか見てなかったから。  本当に?  本当にバーナードの話はなくなったのか? だって、来日してまでミツナを撮りたいって言ってたんだろ? なのに、そんな気軽になかった話にしてしまうものなのか?  ミツナの事務所が用意したスイートルームで対面してすぐに首を傾げられてしまったらしい。撮りたかったのは君じゃないと言われた時のマネージャーの顔が本当におかしかったと、笑い話なんかじゃちっともないのに笑いながらミツナが話してくれた。 「あんた、電話の途中で切るから」  頭を抱えてたじゃないか。マネージャー。 「俺の言いたいこと半分くらいしか言えなかったじゃん」  でも、最後、ミツナの自宅マンションに辿り着いた頃には、まぁ仕方ないか、と呟いていた。  ミツナのことを難しい子って言っていたマネージャーは、諦めがついたようで「どうせ、あのテンションじゃ難しかったかもしれないです」と溜め息混じりに言っていた。 「俺さ、あんたにちゃんと」 「……」  確かに、あの時も電話でそう俺に話かけようとしていた。俺は「なんで?」「なんで急に考えを変えたんだ?」「どうして? 断っていただろ?」って、頭の中が混乱していた時、そんなことをミツナが言っていた。  ――俺さ、あんたにちゃんと言ってなかったけど、バーナードに撮ってもらうから。  そう言われると思って、聞きたくなくて、遮ってしまったんだ。 「あんたにちゃんと似合う男になるよ」 「……」 「そう言いたかったんだ」  最後まで、聞けばよかったな。 「悠壱に似合う男に……なりたかったんだ。けどまだまだ、だった。まだ、俺は」  ホント、滑稽だ。  俺にはもったない男なのに。どうして俺なんかを。 「俺は、あんたがいないとダメなんだ」  そして、最後までちゃんと聞いていたら、あんな大慌てで街中を走って、あんな場所で「好きだ」なんて叫ばなくてよかったのに。 「嫌なんだ……」  ホント、笑っちゃうくらいに……滑稽なんだ。

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