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「円谷……ほら、ちゃんと俺を見て」  頬に触れる、香椎くんの手。僕が顔を背けないよう包み込むその温もりに、胸が破裂してしまいそう。緊張に喉が渇く。目なんて、とてもじゃないけど合わせられない。 「や、やっぱり無理だよ、香椎くん……」  睫毛を伏せて、僕は彼の視線から逃れようとする。放課後の特訓が始まってから、もうずっとこの調子だ。香椎くんが思案げに唸った。 「それなら、円谷。いきなり目を見なくてもいいから、まずは唇の辺りを目標にしてみろよ」 「く、唇……」  言われた通り、視線をゆっくりと彼の口元の辺りまで引き上げてみる。形の良い香椎くんの唇。これはこれでドキドキしてしまって、難易度が高い。 「そう、その調子。そのまま、何か話してみろよ」 「な、何かって、何を」 「そうだな……趣味でも何でもいいから、円谷のこと、教えてよ」 「え? で、でも、そんなの、面白くないと思うけど……」 「そんなことない。俺は聞きたいよ。円谷の話」  まただ。キュッと、胸が締め付けられる。そんな風に言ってくれるのは、香椎くんだけだ。 「どうして、香椎くんは……」 「うん?」 「う、ううん……何でもない」  〝僕にこんなに良くしてくれるの?〟  そんなの、決まってる。香椎くんは優しいから。それだけ。それだけだ。だから、勘違いして……舞い上がっちゃいけない。  自分に言い聞かせる。彼との秘密特訓が回を重ねる毎に、どんどん苦しくなる胸から目を逸らして。  そうして何度目かの放課後を迎えた時、裏庭に向かう僕の足を止めたのは、香椎くん以外の人の話し声だった。 「香椎、最近放課後付き合い悪いと思ったら、こんな所に居たのかよ」  聞き覚えがある。クラスメイトの人達だ。僕は、思わず物陰に身を潜めた。 「つか、円谷と二人きりで会ってるって目撃談があんだけど、マジ?」 「何? 香椎、もしかして円谷とデキてんの?」 「マジで!? モーホーかよ!!」  息を飲んだ。香椎くんが、僕のせいで――。 「ち、違う!!」  気が付いたら、飛び出していた。だってこんなの、耐えられない。 「香椎くんは、僕のコミュ障を直す特訓に付き合ってくれてただけだ! 香椎くんは……優しいから、僕みたいなダメな奴が放っておけないんだ。それだけだよ!!」  一気に主張して、ハッと我に返る。集まる視線。居た堪れなくなって、身を翻した。 「円谷!」  背に掛かる香椎くんの声を振り切って、僕は一目散に逃げ出した。

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