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ー後編ー 翔太と忍の恋
「忍 ちゃんが好きだ。俺と付き合ってよ」
「は? 何言ってんの、お前」
何の脈絡もなく俺――濱口翔太は告白する。目の前にいる幼なじみの大学生、本郷忍 に。
宅飲み中の気怠げなその告白に、忍は一瞬だけ目を丸くさせたものの、すぐに目を細めた。
俺と忍は保育園の頃からの付き合いだ。仲は悪くない。むしろ良い方で、幼少期は忍の方が俺にべったりだった。けれど、思春期に入ると周りからいつも一緒にいる忍との仲を揶揄されるようになった。忍はそれを気にしてなのか、俺から離れるようにこっそりと、別の高校へ進学した。
初めて忍と離れてから、俺は彼のことが気になりつつも別の誰かと付き合った。もちろん、異性と。デートをすれば楽しかったし、相手が笑えば俺も嬉しかった。
でも、どの子と付き合っても長続きはしなかった。付き合いが深くなればなるほど、忍の顔がちらついた。
ずっと友達として好きだった忍。それが、特別な好きだと自覚したのは大学で再会した時だった。
3年間離れていただけなのに、久々に会った忍は綺麗だった。別段、端正な顔立ちというわけではない。どこにでもいる普通の男だ。けれど忍と再会して、今までにない格別な感情が沸き起こった。
酒の勢いとは恐ろしい。そうでもないと、告白なんて一生できなかったかもしれない。
でも、忍の顔を見てわかった。呆れたような目の奥が、動揺の色をしていることに。
「もしかして、忍ちゃんが今まで誰とも付き合わなかったのって……」
「違う。ばか。勘違いすんな。……くそっ、帰る!」
「忍ちゃんっ」
怒り出す忍を後ろから抱きかかえて制止し、宥めながら彼の気持ちを聞いた。
初めて会った時、無邪気に笑う俺の顔に安心を覚え、好きになったこと。俺と友達になりたくて勇気を出し、声をかけたこと。名前を覚えてもらいたくて、忍者の「にん」だと主張したこと。
ポロポロと涙を零しながら、忍は今まで秘めていた想いを吐露してくれた。
「おかしいだろ……保育園の時からずっと、お前が好きだなんて……黙ってたのに、いつも一緒にいたから周りからホモだってからかわれて……だから僕は、このままじゃいけないってお前から離れたのに……なんで一緒の大学なんだよ。なんでまた、僕と会っちゃったんだよ……!」
俺が遠回りをしている間、ずっと忍を傷つけていたことを知った。気にしていなかったのは俺だけで、忍は自身の気持ちを悟られまいと必死だったに違いない。
噎び泣く忍の頬に、俺はそっと手を乗せた。
愛しい。初めて誰かをそう思った。
「嫌だったら、拒めよ?」
忍の唇にゆっくりと、自分の唇を重ねた。初めてのキスは優しく、温かく、そしてしょっぱかった。
「待たせてごめんな」
「……っ、うん」
それから俺達は、付き合うことになった。
学生の頃はまだ順風満帆な生活を送ることができた。家族や知人には秘密でも、人並みに惚気けたり、喧嘩をしたり……生活は充実していたと思う。
しかし幸せだったのも束の間。社会人となってからは、様々な障害や困難が明確になった。
同性と付き合っているがゆえ、会社に噂が広がるとたちまち風当たりが強くなり生き辛さを感じた。また同棲しようにも快く住まいを提供してくれる物件がなかなかないことを知った。
事あるごとに、忍の方から別れ話が出たけれど、俺は断固として受け入れなかった。俺のことが嫌いで別れるのならともかく、俺のことを思って別れるのは許さなかった。
生き辛いなら生き易い場所を作ればいい。俺は小さな通販会社を起ち上げた。また、住まいも根気よく不動産屋をあたり、LGBTフレンドリーを掲げている会社を見つけた。
同棲が決まり引っ越し先で荷解きをする中、忍はしみじみと呟いた。
「ようやくここまで来たんだな。僕達」
「男女だったら、子どもの1人や2人いてもおかしくないけどな」
「ふふっ。違いない」
「……ごめんな。親御さんに勘当なんて言わせちまって」
「遅かれ早かれ、こうなってたさ。その点、僕は妹がいてくれてラッキーだ」
「陽菜ちゃん、来年に式を挙げるんだよな。現役ナースだし……偉いよ」
「また写真を送ってくれるって。今から楽しみだ」
「そっか。式は挙げられないけど、俺達も幸せになろうな」
「……うん」
お互い大切なものを失ったが、新しく得たものもあった。何よりこの先の未来はきっと明るい。そう信じていた。
しかし、兆しは突然、訪れた。
「うわっ。これ、塩じゃん! またこんな間違いをするなんて、忍ちゃんのヤツ……とうとうボケたか?」
砂糖と塩の入れ間違い。これだけならよくあるミスだが、他にも鍵を持ち忘れたり、人の名前がなかなか出てこなかったりと、忍は物忘れが多くなっていた。
会社勤めの忍は当時、昇進がかかっていた。立て続けに起こる物忘れも、仕事のストレスが強いのだろうと当時は触れなかった。
心配はあったが、忍に限って……と、高を括っていた。それが間違いだった。
「おーい、忍ちゃん。また、砂糖と塩を間違えて……忍ちゃん?」
「……誰?」
「え?」
「お兄さん……誰、ですか?」
忍は俺の顔を見て、そう尋ねた。
「アルツハイマー型……認知症?」
「頭頂葉の萎縮が著しく出ています。まだ確定ではありませんが、もう少し詳しい検査をした方がいいでしょう。紹介状を書きますから……」
近くの診療所にかかると、医師から極めて冷静に診断された。信じたくない病名だった。頭がハンマーで殴られたように、ぐるぐると掻き回された。
考えていなかったわけではない。いつかはぶつかる問題だった。だからといって、こんなに早く訪れるとは思いもしない。
入院、そして介護ともなれば、様々な手続きに家族の同意が必要となってくる。俺達は一生を誓った仲ではあっても、戸籍上は赤の他人だった。
献身的に支えれば、進行を食い止められるかもしれない。俺は会社を人に任せ、忍に付ききりとなった。
だが、忍の病状は悪くなるばかりだった。
「母さん、父さん、陽菜……どこにいるの?」
「忍ちゃん、外は寒いよ。今夜は雪も降るって予報で……」
「誰だよ、お前!? 誘拐? 誰か、助けて!!」
「誘拐じゃないよ。忍ちゃん、頼むから中に……」
「助けて! 母さん! 父さん!」
「にん…………忍 っ……」
もう限界だった。
俺は唯一繋がっていた忍の妹の陽菜へ連絡をとった。それからすぐに忍の両親が駆けつけ、俺を詰った。散々罵倒を浴びせた後、忍を連れて実家へと帰っていった。
不思議とほっとした自分がいた。忍と一生を誓ったくせに……所詮はその程度の覚悟だったらしい。
一年が経ち、陽菜から連絡が入った。忍が転倒し、自分の勤める病院へ入院したということだった。
現地へ向かったものの、躊躇う俺は敷地内のベンチで過ごした。スマホがあれば仕事はできる。病院へ通うも、忍にはなかなか会えずにいた。
時折、陽菜から忍の様子を聞かされた。今は徘徊もなく穏やかに過ごしているらしい。忍の場合、鏡があると混乱するためそれを取ったと、寂しげに伝えられた。
実の妹ですら顔を忘れられている。他人の俺など、もうとっくに忍の頭から消えていることだろう。陽菜からは、新しい人を見つけるよう勧められた。
そんな中、リハビリをする忍を間近で見ることができた。目が合うと、自然と笑みが零れた。
忍はやはり俺のことを忘れている。彼の中に俺がいないのなら、綺麗な思い出だけを持って新たな人生を歩むべきだろう。
雪が降ったら通うのを止める。そう決めて、俺は病院へと向かった。
ベンチにいると、陽菜がいつものように忍の様子を教えてくれる。そんな中、俺の前に息を切らした男がやって来た。耳を真っ赤にして、髪も乱れたまま、俺に向かって声をかけた。
「あの……初めまして。僕、本郷忍っていいます……忍者の忍で、しのぶです……えと……その、だから……」
ああ、思い出した。俺は彼の……この懸命さに惚れたんだ。
愛しい。なんて愛しいんだろう。
自然とベンチから立ち上がると、俺は幼い忍を抱きしめた。
「あ、の……?」
「俺は濱口翔太って言います。今日は雪が降るそうだから、中に入って一緒にお茶でも飲もうか」
END
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