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ep.12
空の黒が濃くなり、花火は次第に盛り上がりを見せ、休み無く夜空に大輪を咲かせていた。
「兄ちゃん、いいの? 花火」
金魚すくい屋の店主が一人で遊ぶ桜庭を案じた。
「…ん。約束した人とは来れなかったから」
時田と来ていたものの、彼女といる三住を目撃してしまい、桜庭はそこから逃げ出してしまった。
「上手だなあ! 兄ちゃん! 30匹行くか?」
買い出しに来ていた三住は、屋台からする明るい声に顔を向けた。そして見覚えのある背中に気付く。
背後から覗くと、お椀の中で金魚達が大渋滞していた。
「いらっしゃい」
店主が三住に気付き声を掛けると共に、桜庭のポイは破れてしまった。
「飼うの?」
結局5匹だけ貰った袋の中で泳ぐ金魚を眺める桜庭に三住は尋ねた。
「一応…、でも屋台の金魚って弱ってて、あんまり長生きしないんだよね」
「エグイこと言うな、お前」
「夏って、何か儚いよね…。金魚も、花火も、蝉も…なんだか儚いものの塊…」
「お前も」
いきなり耳に飛び込んだ単語に桜庭は驚く。
「へっ?」
「学校じゃ馬鹿元気なのに、何だよ、その顔」
「俺だって…。もう、いい」
その拗ねた仕草をどこかで見た気がした。
「花火行かねーの?」
先へ進もうとしない桜庭を不思議に思い、声を掛ける。
そこへ大きな破裂音が響いた。
かなり大きな花火なのだろう、人々の歓声が更に大きい。
「錦冠菊 !」
笑って桜庭は花火を指差した。
釣られて三住も見上げると、見事な大輪の花が開いて空を明るくした後は、柳のように流れ落ちて行く美しい花火だった。
「アレ好き」
柳が暗い夜空へ吸い込まれていく中、桜庭は満足気に告げた。
─三住と見たいと思ってた花火が見れた…
偶然でも、たまたまでも…それでも…
「よかった…」
瞼を閉じると涙が零れた。
胸の奥がジンとして不思議な満足感の中、急に触れた体温に桜庭は両目を見開いた。
唇に一度だけ知った感触があって、自分の知る顔をした三住が目の前にいた。
もう一度キスされ、力一杯抱きしめられると、体も脳も何もかも三住で染まっていく気がした─。
甘い口付けが繰り返される中、誰かの言葉が桜庭の頭をよぎった…。
─強い心の貴方にご褒美をあげましょう。
約束を叶えられたなら、あの男はもう一度目を醒まします。
本当になりたい自分に、ね…。
─さて、あの男はどっちを選ぶんでしょうね…。
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