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もっと好きになる
同窓会に参加しようと決めたのは、愛 し過ぎて苦しくなった初恋相手と会えるかもしれないという好奇心からだった。
かつて通っていた高校からほど近い居酒屋。
仕事の都合で三十分遅れで店に到着すると、かけがえのない時間を共にした級友たちに次々に声を掛けられた。
「流星 ! お前全然変わってないな!」
「久しぶり」
親しくしていた友人に手招きされ、できていた数名の輪の中に入れてもらい、ビールをついでもらった。
「律樹 は来れないんだってなぁ。会いたかったのに」
「律樹も残念がってたよ。今度は参加したいって」
彼と高校時代に一番長く一緒にいたのは皆知っているから、未だに仲良くしていることを伝えると嬉しそうにしてくれた。
(全然変わってないな)
学年全体に声を掛けたが、予想以上に人が集まらなくてレストランから居酒屋に変えたと幹事は言っていた。
カジュアルな服装の人がほとんどだけど、スーツをビシッと着こなしている奴もいる。女子も綺麗に着飾ってはいるが、表情や声に当時の面影を感じた。
(晃 くんも、全然変わってない……)
店に入った瞬間、目の端で彼の姿を認識したが、わざと背を向けて座ってしまった。
僕の背中があることに、彼はいつ気付くだろうか。
高一の頃。はじめて目と目があった瞬間、いま目を合わせてしまったことを今後後悔するだろうと予感した。
晃くんは整った綺麗な顔立ちをしていて、当時僕が好きだった俳優に似ていたので、それもあってかすごく気になった。
そんな顔を至近距離でじっくり見つめてしまったものだから、この人のことを自分はきっと好きになってしまう、逸脱してはいけないと信号を発したのにダメだった。
「えーっマジで?! 全然知らなかった!」
背後の騒がしい声に思わず振り返る。
晃くんは数名の男女に詰め寄られていた。
苦笑した晃くんのその口が、マジだよ、と呟いたのを見て、胸があたたかくなった。
バカみたいだけど、僕は高校の三年間、言葉を交わしたことは数える程度だった彼に恋をしていた。
近くにいると緊張で口から心臓が飛び出そうになるので、遠くからずっと見ているだけ。
好きだけど一緒にいたくないと思った相手は、人生で晃くんだけだ。
高校の頃、このまま卒業していいのかと、唯一自分の気持ちを知っていた律樹には散々言われていた。
告白しても結果は目に見えてる、言っても意味が無いと力説しても、そういう問題ではないとなぜか一喝されてしまった。
そして何を血迷ったのか、卒業式の一週間前、律樹は晃くんを呼び出した。
晃くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。特別親しくもないかつてのクラスメイトに呼び出されたら当然の反応である。
──あ、あの、ごめんね。すぐ、終わるから。
廊下の行き止まりのところで、ひとり挙動不審な自分。
手や足が震え、顔も火照り、なぜか涙が混み上がって、柱の陰からこっそり見守っている律樹を心から恨んで。好きにならなければ告白もしなくて済むのにと、自分も恨んで。
──いいよ。待つよ。少し落ち着けば。
長丁場になると見込んだのか、晃くんは廊下に直に座って胡座をかいたので、僕も目の前で正座をし、出てくる手汗を何度も制服で拭った。
それから気の遠くなるような長い沈黙が訪れ、ふっと晃くんが小さく息を吐いたのを合図に、思ってもみなかったことを口から出してしまった。
──相談に乗ってもらいたくて。
ビックリするくらいに弱々しく、今にも消えてしまいそうな掠れ声に、晃くんは静かな面持 ちのまま頷いた。
──気になる人がいるんだけど、相手は男で。
そのまま、律樹の名前を出した。
陰に隠れた親友は頭を抱えていたが、もう訂正できなかった。変かな、変だよねと、同意を求めるように言うと、低く穏やかな声で言われた。
──人を好きになるのに変とか無いんじゃない。
間を置いてから呟いた晃くんに、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
即答せずに、ちゃんと考えてから言ってくれた。それだけで、初恋を捧げたことに無駄はなかったと思えた。
結局僕は本音を隠したままその場を後にした。それからは卒業式の日に一緒に写真を撮ったぐらいで、まともに会話もしないまま会わなくなってしまったのだ。
あれから六年。
まだサッカーは続けているのか、引き締まった首元やシャツの下から覗く筋肉質な腕は健在だし、黒髪の短髪姿や切れ長の目もそのままだ。
今だったら言えそうな気がした。
あの時、晃くんに言いたかったこと。
ちら、と無意識に晃くんを振り返ると、パチンと目が合ってしまい、身動きが取れなくなった。
ドキッと胸が鳴って、廊下で見つめ合ったあの時のまっすぐな瞳を思い出す。
先に視線を外したのは向こうだ。級友たちと談笑を再開させたのを見て、ほっとしたような、少し残念なような気持ちになった。
(もう、あんなことはとっくに忘れちゃったかな)
彼とは結局、言葉を交わさぬままお開きになった。
二次会は断って、駅へ向かうバスに乗るためにバス停へ向かう。
時刻表を確認していると、背後に人の気配を感じた。
ゲホンと咳をされただけで誰か分かってしまう。
この緊張感も久しぶりだなと思いながら振り返ると、案の定、晃くんがいた。
「次、何時?」
「二十分後」
晃くんは腕時計をちらっと見ながら、さり気なく僕の隣に並んでタバコを吸い出した。
あれから大人になった僕たち。
紫煙をくゆらす彼の横顔がまともに見れないが、とりあえず何でもいいから話しかけることにした。
「晃くんはどのくらい飲んだの?」
「そんなに。あんま強くないし、ほとんど喋ってたから」
「そっか。ぼくはちょっと飲み過ぎたかも」
「ふぅん。酒強いんだ?」
「普通かな」
いい感じに言葉のキャッチボールができたが、その後はまた無言になってしまった。
僕は相変わらず晃くんと会話ができない。
大好きだったからこそ、変なところを見せたくないと無意識に身構えているのかもしれない。
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