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家族会議
俺は今、恐怖に震える身体を縮こまらせ、必至に耐えていた。
「まったく…、お前という奴は。 それでも九條家のアルファかっ! このバカ者!」
「本当ですよっ、流星。叱られても仕方がないことです。反省なさいっ!」
「これ程まで鈍いとは思わなかった…。我が弟ながら、情けない…。」
「流星…。どうしてもっと考えなかったの? ごめんね、七央。こんな情けない弟で…。本当に申し訳ない」
家族総出で怒られ、呆れられている。言われる言葉がどれもこれも“ごもっとも”な事ばっかりで、ぐうの音も出ない。
衝撃的な再会シーンから一時間後、応接室で和気あいあいと午後のお茶を愉しんでいた時だった。まぁ…、愉しんでたのは、俺以外の家族が、だけど。
まさか自分の兄の番が七央だなんて、本当は信じたくない。だけど、俺以外の家族は皆、何故か既にその事を知っていて、ただでさえ不貞腐れ気味だった気分は、更に下降していった。
何だよ…。俺だけ仲間外れにしてさ。だいたい昴兄さんは、こんなおっかない奴のどこがいいんだよ。しかもチビだし。そりゃあ…顔だけ見れば、昴兄さんにも引けを取らないくらいの美形だけどさ…。でも兄さんより背の低いアルファとか…。なんかちょっと違和感とかないのかよ。
内心ずっと七央に向かって文句を付けていたが、その矛先がその後自分に向かってくるなんて思いもよらなかった。
事の発端は、昴兄さんのこんな質問からだった。
「ところで流星。その後、理央くんとはどうなの? あれから何度か、会いに行っているんだろう?」
急に理央の名前が出てきてドキンとした。このところ暇さえあれば、理央の事で頭がいっぱいになってたから、不意打ちにその名を耳にして、ポッと顔が赤くなるのを止められなかった。
「何だ、流星。赤くなって。おまえは相変わらずだな。 そんなに奥手では、いつまで経っても番など持てないぞ」
恒星兄さんにまでそんな事を言われ、増々顔が熱くなった。
「つ…番なんてっ、まだ気が早いよっ!」
「あら、理央さん…て、確か七央さんの元許嫁の? 松永さんと、仰ったかしら?」
ーーー…は? 元許嫁?
「えっ!? ちょ…っと母さん。それ、本当?」
「ええ? なぁに、流星。知らなかったの? あら…私、余計な事を言ったかしら」
「いいんです、おば様。いずれ流星くんにも、話そうと思っていた事ですから」
嘘だ…。何だこのネコっ被り!
俺の時とは声のトーンから違うぞ!
それよりも、元とはいえ許嫁…って、どういう事だよ。
「おい、七央…。 本当なのか? 理央は本当に…」
「そうだよ。僕と理央は、親同士が決めた許嫁だったんだ。ーー…でも。僕は昴さんと出会ったから、…ね」
「七央…」
わ…、うわ…っ!やめろっ、ハートを飛ばし合うなっ!背中がゾワゾワするっ!
見つめ合う実兄と天敵が、ピンクのオーラを撒き散らす。身内のこういうのって、めちゃめちゃ恥ずかしい…。
「ははは。 昴は本当に、七央くんに骨抜きだな」
「あら、仲が良くって微笑ましいわ」
兄さんもだけど、父さんも母さんも絶対に騙されてるっ!
そいつは夜叉だぞ!? ブリザードの冷徹夜叉っ!! しかも嘘つきで意地悪だ!
「私が、理央くんから、七央を奪ってしまったようなものだからね。それに彼は七央にとって、幼い頃から仲の良かった幼馴染みでもある。七央はね、そんな理央くんをどうにか幸せにしてあげたいって、私に相談してくれたんだ。だから私は、流星はどうかな…、って」
「昴兄さん…」
「あのパーティには、昴と七央くんに頼まれて、お前を連れて行ったんだ。それなのに、途中で帰りたい等と文句ばかり言って」
「恒兄は最初から俺の事放ったらかしだっただろ。 …ちゃんと説明してくれたら良かったんだ」
そうだ。ただ連れて行くだけで、目的も分からなきゃ動きようもないじゃないか。
まぁ、俺の鼻が利いたから、運よく理央には出会えたけど。
「それに、何で七央が昴兄さんの番だって、教えてくれなかったんだよ。知ってたらあんな勘違い、絶対にしなかったのに」
「勘違い…? 流星。 お前、何を勘違いしたの?」
「………え? …、と」
ヤ…ヤバい。失言だった!
「昴さん…。 もう、いいじゃないですか。きっと流星くんが一番、よく分かってると思うし、後悔もしてるはずなんですから」
「後悔…? 待って七央。それは何? どういう事なの?」
こいつ……。わざとだ。誘導するように気になるワードを出しやがった。
俺の失言を逆手に取って、やり玉に上げるつもりだ。
「流星、お前。 何を勘違いして、何を後悔しているの? 私に言ってごらん」
「え? あ…、いや、あの……」
昴兄さんが“言ってごらん”と言った時は、有無を言わせぬ謎の迫力がある。幼い頃からの刷り込みだ。今まで俺は、これで散々言いたくなかった事を言わされてきた。
母さんの大事にしていたハンカチを、ちょっと気になってた女の子に勝手にプレゼントしちゃった時も、恒星兄さんが本命の彼女から貰ったバレンタインのチョコを黙って食べちゃった時も、父さんが隠してたエッチな本をコッソリ見ちゃった時だって、昴兄さんの“言ってごらん”の圧に負けて、全部白状させられた。
だけど今回のは言えない。言ったら叱られるだけじゃ済まない気がする。
「い…言いたくない」
「流星っ!」
「こら、流星。私達は、理央くんにお前を紹介した責任もある。お前の失態は今に始まったことではないし、多少の事なら援護もしよう。だから話してみなさい」
「そうよ、流星。言わなきゃ分からないでしょう」
「皆の言う通りだぞ、流星。誤解があるなら解けばいいし、後悔しているなら反省すればいいんだ」
どんなに唆されても言えないよ。
「無理だよ…。やっぱり、言いたくな…」
「なら、僕から話そうか?」
さも気の毒そうに七央が口を開いた。助け舟を出したつもりか? やめろっ!おまえの舟は泥舟だ!
「や、やめろよ…、言わなくてい……」
「あのね昴さん。実は……」
七央はコソッと、昴兄さんだけ聞こえるように耳打ちをした。
「お…おい、やめろ…って、い…って……」
七央の言葉に耳を傾けていた昴兄さんの顔付きが、みるみる青褪めていく。
驚愕に見開かれた目が、ウロウロと彷徨ったあと、俺を捉えた。
ーーー あ…、俺、死んだ。
「流星っ!! そこに座れっ!」
人生で二度目に聞く、昴兄さんの怒鳴り声に、ただ項垂れて従うほかなかった。
普段大人しくて優しい人ほど、怒ると怖い事を俺は身を以て知っている。
「本当なのか? 七央と理央くんを間違えたというのは」
「ーーーー……はぃ」
「間違えた挙げ句、七央に向かって『番になってください』等と言ったのも?」
あー…、くそっ! そんな余計な事まで言ったのかよっ!
「どうなんだ、流星っ!」
「はっ、はい! ーーー…その通りです」
「な…っ!」
「流星…」
「なんて事だ……」
ほらな…。こうやって白状させられちゃうんだよ……。
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