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恋の病
『理央がベータなら? 諦める?』
あれから3日…。俺は七央に言われた言葉をずっと考えていた。
『理央のどこに惹かれたのか』
それも考えた。
『どうしたいのか』
それは考えなくても答えが出た。多分どんなに考えても、辿り着く答えは一つしかない。
ーーー 理央と、ずっと一緒にいたい。
何故?
ーーー 好きだから。
何処が?
ーーー 全部…。
理央の小さい見た目も綺麗で純粋な中身も、全部が好きだ。全部が可愛い。全部が愛しい。
俺のものにしたい。俺だけの理央になって欲しい。何時だって側にいて、ずっとずっと笑ってて欲しい。
「幸せに、したい…」
ああ…、そっか。
こうやってじっくり考えると、自分がどうしたいのか、どうすればいいのか。自然と答えが見えてくるんだ。
「俺…、本当にダメダメじゃないか」
また軽く落ち込んだ。
今までよく生きてこれたな。こんなんで上位アルファ種だなんて、どの口が言うんだよ。ホント…九条の名が廃る。爺ちゃんに知られたら鉄拳が落ちそうだ。…いや、いっそ落として貰った方がいいかもしれない。
「ハァ………、、」
もう…、自分のポンコツ具合に溜息しか出てこない。
「理央……」
会いたい…。理央に会ってあの小さい身体をぎゅってしたい。腕の中に囲って、頬ずりして、サラサラの髪を撫で捲りたい。
理央のことを想うと何だか涙が出てくる。本当に、こんな気持ち初めてだ。
会いたくて、会えなくて、恋しくて、切なくて、泣けてくる。
恋ってこんなに苦しいのか…。
だけど、どんなに苦しくても、知らなきゃよかったなんて思わない。やめたいとも思えない。どうすればいいのかなんてまだ分からないけど、ちゃんと考えようって決めた。
俺の事じゃない。理央の事、真剣に考えたいって思った。
七央ははっきりと言わなかったけど、理央はベータじゃない。オメガだ。
それもまだ目覚める前の未熟なオメガ。身内にいるから知ってる。本能に目覚める前のオメガは未熟で、理央はまだ発情期も迎えてないはずだ。だからフェロモンも不安定で、感情の高低差で濃さも変わる。
兄さんもそうだった。
二番目の昴兄さんは、うちの家系じゃ珍しいオメガ性で生まれた。
そのせいで俺には理解出来ないくらいの苦労もあったみたい。でもそんな素振りちっとも見せない、強くて優しくて格好いい兄さんだ。
そんな昴兄さんは高校生の時、初めての発情期を迎えた。あれって、前触れもなく突然始まるらしい。それでも何となく、そろそろ始まるよー、って合図?みたいなものはあるようだ。
俺はまだ小5だったから、そんなに気にならなかったけど、時々甘い匂いが兄さんからするようになった。例えば風呂上がりとか、何かにびっくりした時とか、母さんに怒られた時とか、体温の上がり下がりや感情の起伏で、ふわっとその匂いがするようになってた。それから半年くらい経った頃、食卓にいきなり赤飯と鯛の尾頭付きの祝膳が並んだのを覚えてる。
あの時は『何の祝いだよー』なんて無神経に騒いだけど、あれはきっと、昴兄さんが大人になった祝だったんだ。思い返すと俺、あの頃から本当に考え無しの無神経バカだった。あの後しっかり、母さんから叱られたしな。当然、何で叱られたのかは分かってなかったけど…。
「理央のあの甘くて可愛い花の匂い…。他のアルファに見つからないで欲しいな」
常に香ってたわけじゃない。だからって、アルファが気付かないわけでもない。発情期のまだない理央は、きっと抑制剤もまだ処方されてないだろう。
発情抑制剤の服用は、発情期を迎えたオメガじゃないと認可さない。これは一般常識だ。昴兄さんもあの時を堺に抑制剤を常に持ち歩くようになった。今の時代、抑制剤は進化してて、副作用も殆ど出ない薬もたくさんある。お陰でオメガだからといって、昔みたいに迫害されることもないし、倦厭されることもなくなった。随分と生きやすい時代になったんだって、学校の授業で習った。
けど、うちの兄さんみたいに薬だけじゃ抑えきれないオメガもいる。どんなにいい薬を服用していても、発情期を完全になくすことは出来ないらしく、また、抑えすぎても良くないんだとかで、オメガにはやっぱり辛いことには変わりがない。まぁ…、昴兄さんにはもう番がいるみたいだから、それはどうにでもなるらしいけど。
「兄さんの番か…。 まだ会ったこともないんだよなぁ」
近々婚約するって聞いたから、嫌でも顔を会わせるだろうけど、俺の兄さんを番にしたアルファってどんな人なんだろう。凄く興味がある。婚約するってことは、そのうち俺の兄貴か姉貴になる人だ。仲良くできるといいなぁ…。
「…、て。俺はまたっ! そうじゃないだろっ! 今は理央のことを、ちゃんと考えないとダメだ」
そうだよ。もうすぐ理央も大人になる。本当ならとっくに迎えていてもおかしくないけど、理央は小さいからな。きっと発情期もその分遅いんだろう。
その時が来たら、理央はどうなっちゃうんだ?
あの甘い香りを常に纏って、色んなアルファを惹き付けるようになっちゃうのかな…。
「そんなの、ダメだ…ーーー」
そうなる前に俺の匂いを付けておきたい。この子は俺のだぞ…って。手を出すなよ…って。
そうやって、俺が側にいられない時でも守ってやりたい。
「兄さんは、どうだったんだ? 今度教えて貰おう」
今はダメだ。昴兄さんは、3日前から発情期に入ったと聞いた。だから今は会えない。きっと番と、…その、あれだ。エ…エロい事してるんだ。クソ…、羨まし……、って!バカバカッ! 失礼だぞ、俺! アレは大変なんだぞ。オメガにとっては辛いことなんだからっ。昴兄さんだって、あんなに辛そうだったじゃないか。まだ番がいなかった頃、発情期明けの兄さんは物凄く窶れてた。元々線の細い人だけど、更に痩せて顔色も真っ白で、可哀想なくらいだった。
『この世で独りぼっちになったみたいに寂しくて、悲しい気持ちばかりで辛かった』
そう言ってた。
理央が発情期を迎えたら、その時は俺が一緒にいてやりたい。寂しさも悲しさも感じさせたくない。辛い思いなんか絶対にさせない。側にいて抱きしめて、幸せな気持ちにしてあげたい。
理央は……?
理央も、俺と一緒にいたいって、思ってくれるかな?
そうだといいな…。そうならないかな…。
どうしたら、理央に好きって言って貰えるんだろう…。一緒にいたいって思って貰えるんだろう…。
「理央…、好きだよ。だから理央も、俺のこと好きになってよ…」
口に出したらまた泣けてきた。
俺…、こんなに泣き虫だったのか。理央に出会ってから、初めて知ることばっかりだな…。
それから5日経って、昴兄さんが家に戻ってきた時、初めて兄さんの番を紹介された。
仲良くなれるといいなぁ…、なんて思った俺が可哀想だ。
「どうぞよろしく。 仲良くしようね、ポンコツ流星ちゃん」
小綺麗な顔した氷の夜叉……
「な…な……、七央… 」
幸せそうな昴兄さんの横で、意地悪く微笑む七央がいた。
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