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恋と自覚するまで…②

ーーーー理央が好き    そう自覚するともうダメだ。  頭の中に理央の事ばっかり浮かんでくる。  身長差が激しいから、いつも見上げるように俺と目を合わせてくれた。並んで歩くと右回りの可愛いつむじがよく見えた。顔の半分くらいの大きな眼鏡を掛けてるけど、あれは多分そばかすを隠したいんだろう。隠さなくたっていいのに…。だってすごく可愛い。小さい鼻もさらさらの艶々した黒髪も、ホントはちょっと触ってみたかった。眼鏡のせいで分かりづらいけど、理央の真っ黒の瞳は潤々してて何時だってキラキラして見えた。小さい口から覗く、真っ白くてちょっと大きめの前歯が、ハムスターみたいで可愛かった。  ああ、ダメだ…。思い浮かぶのは理央の可愛いところばっかりだ。 「ぅ…わぁ……。俺、どうしよう。理央にどんな顔して会ったらいいんだよ」 「そんなポンコツダメダメへなちょこ拗らせアルファの流星に、残念なお知らせです」 「な…っ、言い方っ!」  ひどいっ!  そこまで扱き下ろさなくたっていいだろっ! 「うるさい。ホントの事だろ。 だから安心しろ。おまえはもう、理央に会わせないから」 「無理っ! そんなの絶対、無理っ!」  そりゃ、今は自覚したてで恥ずかしさが先に立つけど、会わないとかそんなの無理だ。この先会えないなんて、俺死んじゃう。寂しくて死ぬ! 「やっぱり追いかければよかった。あんな顔した理央を、放っておくなんてできない」 「あのまま追いかけたところで、お前に何が出来た? 余計にあの子を傷付けるだけだ」 「そ…んなこと。どうして…」 「分かるよ。 だって理央は……、」  何かを言い掛けた七央のポケットから、電子音が鳴った。それを迷いもなく取り出し、一瞥して耳にあてる。  は? 俺との話しより電話を取るか? うー…わ、何こいつ…。ホントもう、ヤダ。 「はい。 …え? そう…。 …分かった。すぐに行きます」  通話を終えた七央は俺をチラッと見て、それからまた大きく溜息を吐く。いちいち癪に障る態度だな。 「おい、へなちょこ」  ムスッとして返事はしなかった。だいたい俺、へなちょこじゃない。 「いいか、よく聞け。お前は暫く理央に会うな。少なくとも僕がいいって言うまでは、絶対にあの子の側に寄るなよ。ーーその代わり、もう一度だけチャンスをやる。確か来月だったよな、九条家三男の誕生パーティ。 それまでにちゃんと考えろ。 お前が理央にどうして惹かれたのか、どうしたいのか…。僕が納得出来る答えを出せたら、理央に会う許可をやる。だからそれまでは、勝手にあの子に会ったりするなよ」  会っちゃダメって、そりゃないよ…。せっかく好きだって自覚したのに。 「お前の駄目なところは、考えなしに直感で突き進むところだ。もう少し思慮深くなれ。考えてから行動しろ。何でもかんでも猪突猛進に事を運ぶな。きちんと考えて、最善の道を探れ。相手の気持ちを、思い量れるようになれ。 ーー…僕の言ってる事、分かるよな? いいか、理央には会うなよ。勝手な事してあの子を傷付けるような事があれば、今度こそお前の息の根を止めてやるからなっ!」  最後の本気とも冗談ともとれる脅し文句以外、いつも二人の兄からよく言われる事だった。それを殆ど話した事もない七央からも指摘されて、少し…いや、かなり落ち込んだ。  誰が見ても俺って、相当のポンコツなのか…って。 「……分かった」  そんな俺が理央に会って、七央の言う通り本当に理央を傷付ける事になったら、と思ったら怖くなった。 「七央…ってさ、いったい何者なの?」  一番気になるのはやっぱり理央との関係だ。何かただの幼なじみ、ってだけじゃない気がする。それと兄さん達の事も、どうして知ってるのか分からない。 「それも次いでに考えとけ。 それじゃ、僕はもう行くよ」 「え? いや、ちょっと待ってよ。いっこだけ教えて欲しいんだよ」 「何だよ。 僕、急いでるんだけど?」  スタスタ物凄い速さで歩き出す七央を大股で追い掛けながら、これだけは答えて貰わないと困る事を必死に聞き出す。 「あのさ、理央はその…。 ベータ…、なのか?」  だっておかしいんだ。七央の傍にはいつも理央の姿があって、それこそ初めて会ったあのパーティでも“あの匂い”はそこからしてた。  見た目で七央をオメガだと勘違いして、勝手にあれは七央のものだと思いこんでたけど、こうして理央のいない七央からは“あの匂い”なんか全くしない。  それ…って、つまりその…… 「ぅわ……、っぶねぇ。急に止まるなよっ」 「もしも理央がベータなら…? お前はどうするの? 諦める? ベータの理央には用がないから?」  その問い掛けに、俺は後頭部を殴られたような衝撃を受けた。  理央が、ベータだったら……?  言い淀む俺を見て、七央は何故かがっかりしたような顔をする。そしてまた大きな溜息を吐いた後、何も言わずに背を向けて歩き出した。  俺はもう…、後を追うのはやめた。言われた言葉が胸に突き刺さってる。それから、俺が今までどれだけ考えなしのポンコツだったのか、その時漸く理解していた。     『ベータの理央に分かるわけないだろ』 何時だったか、俺が理央に言ったあの台詞が、頭の中で警笛みたいに鳴り響いていた。  あれを言われた時の理央は、どんな顔をしていたっけ。 何となくがっかりした顔をしていなかったか?  あんなに近くにいて、自分の匂いにも気付かないアルファなんて…って、きっと呆れただろう。もしかしたら怒ったかも…。いや、理央は無闇矢鱈に怒り散らかす七央みたいな奴じゃない。だからあるとすれば… 「傷付けた…?」  俺は最低だ…。  好きな子の隣でその子の匂いに気付かないどころか、全く違う奴のものと間違えた。しかもその間違えた相手のことを、散々褒めて讃えてうっとり眺めるなんて……。 「最悪だ……。俺、なんてバカなんだ」  叶うならあの時に戻って自分の横っ面を張り倒したい。目を覚ませ、ちゃんと隣を見ろって。    よくよく考えたら気付けたはずだ。  あのパーティで初めて見掛けた時、俺の視界に最初に入ってきたのは七央じゃない。 ーーー大きな黒ぶち眼鏡のおチビ  あの時から俺は、理央を見てたじゃないか。慌てふためいて吃ってるのも、笑っちゃったけど可愛いなって思ったからだし、毎回七央に会いに行こう、って時は必ず最初に理央を探してた。  七央と話が出来なくても全然よくて、いつだって理央とふざけたり笑い合ったりするのが心地よかった。漫才みたいな会話も楽しくて、理央が他の事に捕らわれそうになるのを邪魔したり、ちゃんと話を聞いてよ、って振り向かせたくて必死だった。   「ホント…、何してたんだ、俺……」  さっき、七央に抱きかかえられるように支えられてた理央を見て、何て思った? 『ズルい』  そう思ったんだ。あの時はそれがどんなベクトルだったのか、ぼんやりとしか分からなかったけど、今ならちゃんと分かる。 ーーー俺だって理央を抱っこしたい  七央に『理央に近付くな』って言われた時ははっきり意識した。絶対に嫌だ、って。 「そうだよな。七央に嫌いって言われても、別にあっそ、としか思わなかったけど、理央に会うなって言われた時は、ムカついたし」  ちゃんと考えたら分かるじゃないか。こんなにも、理央に惚れてるんだって。 「ああ……、もぉ……。 ほん、と俺、バカだ」  理央を好きだと自覚すればするほど、自分の至らなさに落ち込むばかりだった…。

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