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泣き虫αの告白②

 理央が初めての発情期を迎えた。  そう七央から連絡を貰ったのは、あの世にも恐ろしい家族会議から、3日後の事だった。 「り…、理央は? 無事なのかっ!?」  『ああ、大丈夫。今は病院で、暫くは処置入院になるらしい』 「そ……か…」  良かった…。  『でもこれでまた、暫くは会えないな。悪いけど、僕も当分は忙しい。流星と理央を会わせるのは、もう少し後になりそうだ』 「分かった…。ちゃんと会えるまで、我慢する」  もう、考えなしに一足飛びして失敗なんかしたくない。その為の準備期間だと思えば、少しくらい我慢できる。  『ーーーへぇ…。少しはまともになったじゃないか。ポンコツ流星のくせに』  うるさいっ。いつも一言多いんだよっ、このブリザード夜叉めっ!  笑いながら通話を切った七央は今、昴兄さんとの婚約披露宴の準備で忙しい。  昴兄さんは、七央の大学の卒業と同時に籍を入れ、ゆくゆくは九條家ではなく久住の家に嫁ぐことになった。  七央の実家は伊豆の老舗旅館で、高級旅館として名高い『湯宿 久住屋』だと聞いた。観光業での繋がりで中条家とは懇意らしく、今回その旅館の敷地内で、突然発情期を迎えた理央を助けてくれたのが、たまたま旅行に来ていた中条家の次男夫妻だったらしい。  それを聞いた時は本当に安心した。中条家の若夫婦といえば、最近御三家でも話題のおしどり夫婦だ。若輩者の俺ですら、その噂を耳にするほどなんだから、きっと物凄くラブラブな夫婦なんだろう。何にせよ、悪い人じゃないのは確かだ。本当に良かった。理央が無事で、良かった。 「流星…。ちょっといい?」  披露宴を翌日に控えたその日の午後、西館と呼ばれる母屋とは別棟の離れに、昴兄さんが訪ねてきた。 「どうしたの兄さん。明日の準備はもういいの?俺のとこなんか来て大丈夫?」 「ああ。もうあらかた終わったし、少しくらい私がいなくても大丈夫だ。 ーーところで…、これは? 流星は何をしていたの?」 「大学が一限だけで終わったからさ。練習がてら、久々に何か作ろうと思って」  広いキッチン作業台の上には、薄力粉や強力粉、砂糖に卵に牛乳や生クリーム。飾りのアイシングやらに混じって、ハムやソーセージも置いてある。 「ケーキだろ…。クッキーやマドレーヌ、それと、パンでも焼こうかな…って」 「相変わらずだね、流星は。 そんなにたくさん作ってどうするの?」 「余ったら、明日皆に食ってもらえばいいかな…って思ってさ」 「明日…って。 お前、忘れてない?」 「さすがに忘れてないよ。 七央からも、明日は逃げずに家にいろ、ってさっき連絡貰ったし」  いつものあの上から物言う忌々しい口調で…とは、兄さんには言わないでやる。 「そうじゃなくて、私と七央の婚約披露じゃなく、誕生日の事だよ」 「ん…? ぇ……あっ!」  そうか、俺の誕生日だ。   「うわ…すっかり忘れてた。マジかぁ…」  20年も生きてると、自分の誕生日も忘れるのか…。 「このところ、色々あったからね。うっかりする事もあるだろうけど…。 毎年誕生日が近づくと、あんなに大騒ぎしていた流星が、今年はやけに静かだと思ったよ」 「えぇ…。俺、そんなに騒いでた?」  恥ずかしい奴だな、俺。  うっかり忘れててよかった。 「何か欲しい物はある?」 「欲しいもの……」  欲しいものと聞かれて、真っ先に浮かんだのは理央だった。 「ううん…。何もいらない」 「そう? あ…、そうか。流星が欲しいのは“物”じゃないもんな」  ーーーうん。そう、物じゃない。 「だから、自分で手に入れたい」  理央の心が貰えたら、他には何もいらない。今一番欲しくて、一番届かなくて、一番諦められないもの。それが理央だ。 「流星は、大人になったね…」  大人だ…って言いながら、腕を伸ばして頭を撫でられた。  昴兄さんは昔からいつも、俺を可愛がってくれた。こうしてよく頭を撫でてくれた。   『流星はいい子だね』  そう言われると嬉しくて、末っ子の甘ったれな俺は、優しくて綺麗な昴兄さんが大好きだった。  ……怒らせなければ、だけど。 「俺だってもう、頭を撫でられて喜ぶ子供じゃないよ」 「ふふ…。そうだな。 泣くほど好きな子も出来たしね」  “好きな子”と言われてポッと顔が赤くなる。まだちょっと照れてしまう。  何しろ勢揃いした家族の前で『理央が大好きだ』と言ってしまった。  家族の前で…だ。家族の……。  普通、二十歳の息子は家族になんて言わないだろっ! せめて兄さん一人とかならまだしも、父さん母さんまでいたのに…。  しかも…泣きながら……。  ベソかいたなんて、可愛らしいもんじゃない。ボロボロのグズグズだ。しゃくり上げなかった事だけは、自分を褒めてやりたい。 「ねぇ…流星。 覚えてる? 昔、私が流星としたいって言ってた事。 落ち着いたら、あの時のリベンジをしたいな」 「ん…え? 何だっけ?」 「“恋バナ”だよ」 「ーーー…っっ!!」 「あはは。 顔が真っ赤だね、流星」 「ぅ〰〰〰〰〰〰〰……っ」  そうだった! 昴兄さんはよくこうして、俺を誂って遊ぶのが好きだった!   「楽しみだな、流星と恋バナ。漸く念願叶うなぁ」 「兄さん…っ!」  それじゃまたね、と笑いながら、昴兄さんは帰って行った。  去り際にまたまた爆弾を落として…。  『理央くん、明日来てくれるってさ』  ひと月振りに理央に会える。  それだけで、俺は爆発しそうだった。

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