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泣き虫αの告白③
カモミールが呼んでる。
ここだよ…って。
ここにいるよ…って。
グランドライトが柔らかく照らす庭を、甘くて可愛い花の香りを追い掛けながら、俺はもう泣きそうだ。
ーーーーー 理央がいる。
この庭のどこかに、俺の大好きなあの子がいる。
会いたくて会いたくて、それでも会えなくて…。ずっと考えて、頭の中パンクするくらいあの子の事ばっかりになって、恥も何もかも曝け出して、家族の前で泣けるくらい『大好き』なあの子が、すぐ近くにいる。
「理央…、絶対見つけるから。だからまだ、帰らないでくれよ」
せっかくここまで来てくれたのに、顔も見ないで帰せない。
『理央くん、来てくれるってさ』
昨日兄さんからそう聞かされてから、今日の準備をせっせとやった。せっかくの誕生日なんだから、理央と一緒に過ごせる様に、応接室を空けてもらった。
今日は元々兄さんの披露宴があって、お抱えのシェフ達はあっちの料理に掛かり切りだから、ケーキもオードブルも自分で全部用意したし、パンだって焼いた。
全部理央の為に用意したんだ。
さすがに弟の俺が、兄さんの披露宴に顔を出さないわけにもいかなくて、会場の大広間で親戚のオバちゃん達に捕まってる間に、理央を迎えに出ていた七央が、血相変えて飛び込んで来て『流星っ! ごめん、理央が逃げた』って…。
「何で逃げるかなぁ…。もしかして理央は、俺に会いたくないのかな……」
最初から、間違えてばっかりのこんなポンコツ…。相手にするのも面倒になっちゃったのかも……。
「い…いや、そんな事ない。わざわざ来てくれたんだから……、っ、ーーー」
ふわふわ…と、理央の匂いが近付いてくる。
目を凝らして庭の奥を見た。
小さな、小さな影が、こちらに向かってゆっくりと歩いて来る。
ーーー 理央…
胸がきゅう、と締め付けられて、鼻の奥がツンとする。心臓がドキドキして、身体ごと揺らしているみたいだ。
息をするのも苦しいくらいドキドキする。瞬きするのも勿体なくて、一歩…また一歩とこっちに向かってくる理央の姿から目が離せない。
俯いて、肩を落として、とぼとぼ歩く理央に、なんて声を掛けていいのか分からず、口を開けたり閉じたりを繰り返してた。
途中、立ち止まってなんかゴソゴソやってた理央が、もう一度歩き出した時、聞こえたんだ。
「おめでとうくらい、言ってあげたら良かったな」
ホントだよ…。
「じゃあ言ってよ」
こんなに会いたかったんだからな…。
黙って帰ったら、許さないぞ。
「何だよ理央。俺の誕生日、祝いに来てくれたんじゃなかったのかよ。黙って帰るなんて酷いぞ」
嘘だよ…。来てくれて嬉しいよ。
理央に聞いて欲しい事がたくさんあるんだ。
ちゃんと考えたから。
理央に伝えたい。伝わって欲しい。
俺がどれだけ理央に会いたかったか…。どれだけ、理央を好きなのか…。
全部曝け出して伝えるから、どうか最後まで聞いてください…。
******
もう…さ。
今更どうでもいいんだけどさ。
今日は俺の誕生日だった訳だ。
しかも二十歳の…な。
そんな人生の一大イベントで、確かに一生記憶に残るような嬉しい事もあったよ?
俺のグダグダでヘタレなカッコ悪い告白にも、理央は喜んでくれたし。
『オレもっ! 流星くん好きっ!』
…なんて。
思い出すとキュンとするような、理央からの返事も貰えた。
それから……
『もう少し大人になったら、流星くんの番になりたい』
だって!!
可愛いっ! 嬉しいっ! 大好きっ!
『優しく噛んでね』
なんて…。
俺の理央…、サイコーじゃね!?
…とかさ、ニヤケ面が一生治らなくなるような事も言われて、頭の中にお花畑が広がってたんだ。
ーーーー…って、そんな幸せの絶頂にいたわけ。
………なのに、さ。
「そうか、理央くんはこれが好きか。じゃあ遠慮しないで、どんどん食べなさい」
「はい! ありがとうございます。#小父様__おじさま__#」
「これはどう? …お口に合うかしら?」
「いただきます! ーーー…、ん~、美味しいっ!こっちも美味しいですね、#小母様__おばさま__#」
「理央くん。 紅茶と珈琲、どちらがいい?」
「あ、紅茶をお願いします。ありがとうございます、お兄さん」
ミルクもたっぷり入れようね……、じゃないっ!!
理央と気持ちを確かめ合って、うふふえへへとデレデレしてたら、グウゥ…と理央のお腹が鳴き出した。
『安心したら、お腹空いちゃった』
って可愛く照れる理央に、俺が腕によりをかけて作った料理を振る舞おうとしてたら、突然乱入してきた両親と長兄に、あれよあれよと言う間に理央を奪われた…。
餌付けするみたいに次々に皿を差し出しては、愛玩動物を愛でるように構い始めて相好を崩す両親と、何故か鼻の下を伸ばす兄…。
最初はデカい上位アルファ種の三人にオドオドしてた理央も、このチヤホヤ感に安心したのか今はもうにっこにこだ。
「ねぇ…理央ちゃん。 流星はあなたにちゃんと謝ったかしら?」
「ふぇ?」
「ああ、随分と失礼な事をしたそうじゃないか。親としても、本当に申し訳ない」
「んん?」
「私からも謝ろう。情けない弟だが、どうか流星のこと、許してやって欲しい」
「はぁ?」
唐突に謝罪合戦の始まった両親と兄に対し、理央は頭に?マークを飛ばしていた。
俺だって内心物凄く焦ってる。まさかそんな話をここで出されるなんて思ってなかった。
これじゃ俺がまるで、親や兄弟に泣きついたみたいじゃないか! やめてくれっ。
「ちょっと、やめてくれよっ。#子供__ガキ__#じゃないんだから、そんな事言われなくても…」
「「「黙りなさいっ!」」」
ヒ…ッ!
「理央ちゃん、あの子は見た目#だけ__・・__#は、自慢できると思うの!」
母さんっ!だけ…ってなんだよっ!
「ああ。それに根は優しい子なんだ。短絡的で考えなしだが」
父さんっ!持ち上げて落とすのやめてよっ!
「奥手で初心なだけなんだ。理央くんを泣くほど好きだと、私達にも言っていた」
兄さんっ!やめて!それ一番言っちゃダメなヤツっ!!
「ち…ちょっとっ! ホントにやめろよっ」
もー、ヤダ! 恥ずかしくて死ぬっ!
なんで好きな子の前で扱き下ろされて、恥の上塗りされなきゃならないんだよ…っ!
「ちゃんと謝ったし、許してもらったよ!…それに、その……」
好き…って、言ってもらえたんだ。
思い出したら顔に熱が籠もる。赤くなる顔が恥ずかしくて、拳を握ってそれを隠した。
急に押し黙った俺を、家族が何とも言えない表情で見てくる。
「あのぉ……」
理央が遠慮がちに口を開いた。
「オレ…、流星くんが泣き虫なのも知ってます。それに、見た目を裏切るへなちょこなのも。 恥ずかしがり屋で情けないところがあるのも、全部分かってます」
う……、そりゃそうだよな…。理央には散々情けないところも、ヘタレなところも見られてきたんだ。
「でも、親切で気遣いもできて、優しいのも知ってます。それにオレ…、流星くんと一緒にいるとスゴく楽しい」
「理央……」
ああ…、もう。
「オレ、流星くんが大好きです! ずっと一緒にいたいな…って思ってます!」
理央…。
「あの、オレの家はベータのしがない一般家庭で、九条家みたいな上流階級なんかじゃないから、釣り合わないのは分かってます」
理央……?
「将来的にはずっと、ってわけにはいかないのもちゃんと理解してます」
り、理央…?
「だ…、だからあの、オレは流星くんの、番の一人で充分ですっ!」
「理央っ! ちょっと…っ、何言って…」
「だからあの、あ…っ」
「ダメっ! 理央は俺のお嫁さんになるのっ!死ぬまでずっと一緒なんだからな!」
小さい身体をぎゅっと抱きしめた。そんな悲しい事を言わないでよ。どこにも逃げられないように離すもんか。
「番の一人…って、なんだよ。理央をそんな、妾みたいにするわけないだろ…。俺のこと、なんだと思ってんだ」
「流星くん…」
前々から何となく思ってたけど、理央は時々とんでもない勘違いをして暴走する。
分かってたけど、こんな的外れな勘違いされたら、堪ったもんじゃないぞ。
「理央っ!」
「ひゃい! ぅ…、わわっ!」
抱きかかえて脇の下に手を入れて、俺の目の高さまで持ち上げる。
小さくて軽い理央を、ずっとずっと側におきたい。
家なんて関係ない。身分の差なんて些細なもんだ。だって俺は俺で、理央は理央だ。
「何度でも言う。俺は理央が好きだ。理央以外の誰もいらない。家なんてどうでもいい。バースも関係ない。俺は理央が…、理央だから好きなんだ。ずっと一緒にいたいのは、理央だけだよ」
「りゅ… 」
小さい鼻から大きな眼鏡がずり下がってる。眼鏡の縁から覗く、理央の黒くてキラキラとした瞳が、みるみる潤って決壊した。
「それとも理央は、俺が九条のアルファだから、好きって言ってくれたの? それがなきゃ俺のこと、好きじゃない?」
「う…、ううん……、ううんっ!」
必至に頭を振るから、決壊した瞳から溢れた涙が、キラキラとあちこちに散らばった。
なんて綺麗で、可愛いんだろう…。
「俺と、ずっと一緒にいて?」
「う…ん、……うんうん、うん!」
今度は縦に頭を振る。何度も何度も頷いて、眼鏡がその度に上下に揺れた。
可愛いなぁ…。
「ねぇ、理央くん。 さっき君が、美味しいと言って食べてくれたこの料理。流星が全部、君の為に自分で用意したものなんだよ」
父さん…?
「あなたが喜んでくれるのを、楽しみにしていたのよ」
母さん……。
「そうだよ。何しろ家族の前で、君に会いたいと泣いたくらいだからね」
だから兄さん…、それやめて!
「…泣いちゃうの? 流星くん、泣いちゃったの?」
う……。
もう、いいや。恥も何もかも、全部曝け出すって決めたんだ。
家族の前だろうが、今更だっ!
「そ… そうだよっ。 だから、い…言っただろ。俺は理央が好き。大好きだ! ずっと一緒にいたい。絶対、幸せにするっ。 だから理央! お…、俺の番になってください!」
「嫌って言ったら? …泣いちゃう?」
「泣くっ! 絶っ対、泣くっ」
そりゃもう、この世の終わりか…ってくらい泣くぞっ!
「オレね、流星くんの番になりたい。だからもう、泣かないでね」
「ぅ…ん、うん。 ありがとう…理央」
ああ、ホント俺…幸せだ。
理央の細い腕が、首にキュッと巻き付いた。甘くて可愛いカモミールの香りをふわふわさせて、可愛い理央の可愛い声が耳にコソッと囁いた。
「お嫁さんにもしてくれる?」
ーーー ああ。 もちろんっ!
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