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第2話
医療機器や医薬品を扱うメーカーの会社に大卒で入社した俺、田中琉兎 はいたって普通のサラリーマン。
これといって特徴の無い平凡な見た目で、かつ華麗な経歴があるわけでもなく、恋人だって一度もいたことがない。
名字のわりに派手めな名前が先行し、知り合った人達からは度々本人の見た目とのギャップで困惑させてしまうが、それはどうしようもない。平凡な名字だからせめて名前はカッコよく、と名付けた親の責任であり、俺のせいじゃない。
何か一つだけ取り柄らしきものを捻り出すとすれば、一度も染めたことのない黒々とした髪くらいか。
それに気付かされたのは、昨年の夏以後ペアを組むことになった有馬先輩からの軟派な一言。
『田中、お前の髪ツヤツヤのサラサラだな。シャンプー何使ってんの?』
取引先の個人医院巡りをした帰りに、俺は車内でそうナンパされた。……と言うと語弊があるものの、仕事の話よりも生き物についての雑談が多いおかしな有馬先輩は、やたらと顔がいいのだ。
ほんの数秒前まで、最後に行った内科医院の受付で飼育されている熱帯魚の話をしていたとは思えないくらい、うっかり頬が熱くなるような視線を向けられるとちょっぴり勘違いするだろう。
なまじあれだけ顔面偏差値が高いと、彼にとっては何気ない台詞や仕草でも、誰しもがいちいち反応してしまうに違いない。
例えば俺が女性だったら、有馬先輩とペアになった翌週には恋煩いで食欲が落ちている。彼の言動のおかしさが霞むのだから、それは相当だ。
ちなみに俺は、その〝イケメンだけどちょっと残念な人〟からひどく気に入られている。
嬉々として語られる生き物の雑学を、面倒がらずにその場で難無く吸収する稀有な存在として、有馬先輩からだけでなく上司からも期待を寄せられた。
ちなみにこれは、自意識過剰ではない。
「……よし、これで明日はスムーズに外回りに行けるな」
ふぅ、と息を吐いて、パソコンの電源を切る。シャットダウンの合間に、事務作業で凝り固まった首を回した。
二十時を過ぎても、残業組がまだかなり残っていた。
月末はとにかく忙しい。
毎日の受発注業務に加え、各医院への請求書作りと新製品のパンフレット綴じ、その間に機器の故障なんかがあったらまさに大わらわだ。
一日の移動距離は百kmを超える。稀にだが出張にも行かなくてはいけないし、そうでなくてもまず定時では上がれない勤務体制には疑問しかない。
しかし俺は勤めて一年半のうち、一度も「キツイ」、「ツラい」、 「こんなブラック企業辞めてやる」と思った事が無かった。
名の知れた大手企業なだけあって、働いた分の対価はきちんと支払われる。使うヒマが無いのは考えものだけれど、懐が寒くないと心に余裕が生まれ、さらに有馬先輩との会話も弾む。
そう。俺が毎日億劫感無く出社出来ているのは、きっと彼との外回りと就業後が純粋に楽しみだからだ。
「おーい、田中〜」
はい、来た。
隣で目を血走らせながらキーボードを叩いていた女子社員が、俺の背後に釘付けになる時間だ。
振り返ると、一日の疲れを感じさせない爽やかな男性社員が、俺を労うためなのか謎に親指を立てていた。そしてすぐさまテレパシーが送られてくる。
「……いいですよ」
「俺が言いたいこと分かったの? もしかして田中ってエスパー?」
「違います。有馬先輩の顔に大々的に書いてあったので」
「ブハッ、俺そんなに分かりやすいかぁ?」
「そりゃあもう」
あなたほど、自分を飾らない天真爛漫な人は居ないかもしれません。……なんてこっ恥ずかしい言の葉は心に秘めて、俺は席を立った。
半年ほど前から日課になったとある場所へ、有馬先輩の付き添いで赴くためだ。
去り際、女子社員達のヒソヒソ話が耳に届いてしまったが気にしない。
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