2 / 5

第2話

 物語の始まりは3月1日。つるつるした表紙の裏に、もうすぐ15歳になる少年のバランスの悪い字が移っている。  卒業式を迎えた彼は、同じクラスになった事など一度もない同級生に想いを伝えた。  少年より華奢な癖して誰より運動が出来た爽やかな男子は、殆ど話した試しもない同性からの告白に戸惑い、返事を先延ばしにした。  少年は意外な反応に驚いたものの、正直少しも期待などしてはいない。この先会おうとしなければ一生顔も見れないような、最も挑戦的で情けないラストチャンスを選んだくらいなのだから。  2日、3日、4日と、少年は、連絡を貰いたいのかそうでないのか、数々の悲惨な出来の文書を解読してきた僕にも判別不能な長たらしい日記を続けた。  そんな彼の字体が急にしゃんとしたのは一週間後の3月8日だ。  少年は、同級生から貰ったメールの返信を誤字すら真似てノートに写した。思ってもみなかったOKの返事に戸惑う様子が、文面からも読み取れる。  互いに別々の高校ではあるが無事合格出来た15日。  久しぶりに顔を合わせた体育館では、一言も話せなかったようだ。そのくせ合格祝いにテーマパークのペアチケットを用意しているのだから、行動力はあるらしい。  約束は3月28日。あえて記されていないものの、その日は少年の誕生日だった。  前日に大人気の歌姫が幕張でコンサートを開催したらしく、長年のファンだった同級生…もとい少年の初めての恋人は、近くのホテルに一泊したそうだ。  少年は生まれて初めて自ら夜行バスを取り、新宿のバスターミナルでどぎまぎしながら歯磨きとヘアセットを済ませた。  そもそも土地勘が無いのだから最初から現地集合にすればよかったものを、恋人を迎えに行きたいという夢を捨てきれなかったようだ。選んだ待ち合わせ場所は誰もが知る東京駅。  海浜幕張が千葉県にあるという知識すら持ち合わせない未熟な少年は、夢を実現させたとはしゃぎ、ニコニコ笑顔の顔文字なんかを句点のたびに付けていた。  少年は中央線と京葉線があの広い駅で一体どのくらい離れているかなんて想像もつかず、約束の20分前に到着したものの結局迷い、恋人を待たせてしまったらしい。  駅員に聞いたり、そこかしこに吊るされている看板を眺めたり、大人になれば解決策は山ほど見当たるが、これもまた中学生の良さである。スマホという文明の利器に頼らない原始的で真っすぐな姿勢も評価しよう。  約束時間の10分遅れで合流し、少年と恋人はやっと電車に乗り込めた。  揺られる車内で肩がぶつかる瞬間すら丁寧に文字で表現されており、一度目はゆるやかなカーブだったとか、二度目は発車の瞬間だったとか。三度目は偶然にしては都合がよすぎる。肩口に埋められた恋人の肌は思った以上に熱を持ち、緊張しているのか浅くなる呼吸とそれによって吐き出される温かな息は、少年の心拍をより一層激しくさせた。  まだ目的地へ到着もしていないうちから、少年は疲れ果てていた。  昨晩から続いた初めて尽くしの非日常に心臓が追い付いていないのだろう。続々と乗車する見慣れない制服の男女を目で追っては、羨む気持ちをいちいち抱いている癖に。  長くも短い電車の旅は、いよいよ終わりに近づいた。  少年は舞浜駅の先に海浜幕張駅がある事実を全く知らないまま、まさか自分が迎えてもらった側とは思いもせず電車を降りた。  恥ずかしい失敗をどこにも記していない辺り、恋人はこっそりと胸にとどめておいてやったのだろう。  ほんの300円で済んだ交通費を倍以上に膨れ上がらせた迷惑な奴だというのに、流石は同性に惚れられる男だ。少年の格好つけたい意思を汲んだ素敵な判断である。

ともだちにシェアしよう!