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第3話

 足を踏み入れてからというもの、少年は終始驚きっぱなしであった。彼の最後の記憶といえば、確か保育園の卒園、小学校入学祝いを兼ねた家族旅行だった筈なので当時とは見える景色も全く違っていただろう。  しかも隣にはエスコートすべき大好きな恋人がいるのだ。  電車で見つけた制服カップルがぐんぐん先へ進む中、早速目についた遥か遠くのアトラクションの高さに目を奪われる彼はやはり子供だ。もう少しあの男子を見習ってガイドの一つでも手に取ってやれないのか。  恋人の情報が急に少なくなるものだから、折角気になるシーンなのに後ろを歩かせているのか横並びになっているのか、はたまた情けなく先導させてしまっているのかもこちらでは判断がつかない。  手を繋ぎたいなんて全くもって簡単な願いを、一体何度繰り返し記せば気が済むのだろう。  しかし色とりどりの菓子を食べ歩いたり、人気の絶叫マシンに連なる列の長さに顎を外しかけたり、ありふれた恋人同士のほんのワンシーンは、一つ一つ大切に描かれていた。  余程恋人が好きでたまらないのか、パレードに見惚れている横顔や、花火を見上げる喉仏が嚥下した瞬間すら細かく説明されて、つい笑みが溢れた。  とっくに埃を被っていた古い宝が、大きな荷物の間から顔を覗かせる。  今でもキャラメルポップコーンの味は覚えているのに、どちらがカゴをぶら下げていたのか忘れていた。  耳が付いた揃いのカチューシャを被ったのは覚えているのに、どちらがリボン付きだったのか忘れていた。  ゴミ拾いで客を魅了するパフォーマーにウインクを仕掛けられ、男同士なのに不自然な距離を嫌悪するどころかむしろ2人の手を取り合わせてくれたキャラクター。  積もった埃を払う間、新たなお宝を発掘する手が止まっても、かつて夢の国で見つけた宝石は、いくつかの取りこぼしを除きあっという間に回収を終えてしまったのだった。  どうか嫌われていませんように。電車に乗る直前まで繋いでいた手を放し、鼻を掻くふりをして匂いを嗅いだ所を見られていませんように。  女々しくてちょっとキモい一行は読み手のこちらが恥ずかしくなり、つい後頭部に手が回る。  そんな少年たちは勿論帰りも夜行バス。  前夜にリハーサルを終えて自信満々のご様子だが、ここは普通知らない土地で一泊した恋人に気を遣う所じゃないだろうか。  少年と違い、恋人は前日にも一大イベントがあったばかりだ。チケット争奪戦を制し、盛大に騒いだ翌日まで朝から振り回された彼に、ちょっと奮発して新幹線の席くらい取ってやっていたら。家に招き、ベッドで足を伸ばせるよう、くつろいでもらえるよう部屋を片していたら。  文句も言わない恋人は、やはりどこまでも優しい。  それからも、彼らは日々楽しんでいた。  エイプリルフールにまんまと引っ掛けられた恋人の嘘は、30を超えた大人が読んでも見事なものだ。  少年はそれを上回る嘘が思いつかず、代わりに真実しか言ってはいけない4月2日、それは大量の約束を結んだのだった。  飛行機に乗って沖縄旅行へ行ってみよう。北海道で海鮮も良い。長野で猿と温泉に入るのはどうだろうか。  罫線を越え、枠外にまでその日口にしたデートプランは並び、少年の強い意志が痛い程に伝わった。  だから、約束が一つも果たせなかった事を既に察している僕は、そのページに時間を割く勇気が出なかった。  大人になって、「トゥルーエイプリルというイベント自体、エイプリルフールに誰かが付いた嘘である」と知った残酷な現実も、出来れば少年には知られたくない。

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