「ちがうよ。俺はすごく嬉しかったよ。これからもずっと仕舞っておきたいくらい」 　くしゃっと笑う、いつもの笑み。 　魅力的な笑顔に見とれながら、でも前後がつながらなくて混乱していた。 「あれ、ごめん、何が？」 「だからこないだの」 「なんで仕舞うの？」 「嬉しかったから」 「……だから、なんで？」 　そう問うと、はあっとため息を吐かれる。 　だって、好きな人が居るんでしょう？　意味がわかんないよね。 「お前、話きいてた？」 「合格発表の日に一目惚れした運命の相手と、入学式で再会して、最初の授業で席が隣だったってとこまでね」 　要約して、自分の言葉に砂を噛んだような気持ちになった。 　好きな相手が誰かに恋をしている話を聞くのなんて、精神衛生上よくない。 「それで、同じゼミになって、友達になれたんだよ」 「同じゼミ？」 　そんな奴いたっけ。 　同級生ってことだよな。で、同じゼミって、誰だ。 　ぐるぐる女の子の顔を浮かべていると、またため息を吐かれる。 「……だからさ」 　背もたれに手をやって俺の方に向き直り、まっすぐ見つめてきた。 　強い視線に、俺の眼も自然に吸い寄せられる。 「脈が無いのは充分わかった。玉砕覚悟で言うけど、俺と付き合ってください」 「……は？」 　最低なリアクションだというのは自覚してるけど、言葉なんて出やしない。 　ぽかんと口を開けて間抜け面を晒す俺に、三浦は眉をひそめる。 「やっぱ男だと気持ちわるいよな」 「いや、それは、俺はむしろ、……ていうか、ちょっと待って」 「なんだよ」 「お前、好きな人がいるんじゃないの？」 　改めてがっくり肩を落とした三浦は、「ええー」と嘆いた。 「運命の相手、今その話をしてたでしょ？」 　俺のことだって言うの？ 「だって、俺、合格発表とか入学式とか、お前に会ってないよね」 「……会ってるんだよ」 「俺知らないよ」 　一言で相手を谷底に突き落としたことに気付かなかった俺は、実は負けず嫌いなこの男に火を付けてしまっていた。 「うーわかった。もう絶対振り向かせる。だから付き合って」 　どきん、と心臓が跳ねる。 　瞬間ぜんぶの音が消え、ふわふわした気持ちで口を開いた。 「ほんとに俺でいいの？」 　そう尋ねておきながら、胸の中ではサイダーみたいな喜びの粒が次々と湧き上がっていた。 　嬉しい。どうしよう。 「凌がいい」 　ストレートな言葉に、頬が上気するのを抑えられない。 「トラ吉に似てるから？」 「そういうこと、真顔で言うとこが好き」 　とろけそうな眼で見つめてくる。 　俺は胸がいっぱいで、「ありがとう」と口にするのがやっとだった。