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第7話
そもそも俺は、尽くすより尽くされたかったんだよな?
それがどうだ?
今じゃ毎日朝から晩まで、あいつの世話を焼き通しじゃないか。ご機嫌取りまで用意して、たまの息抜きの酒すらのんびり味わえない。
「あっ、あの野郎。 また泡だらけにしやがって…。 誰が掃除すると思ってんだよ」
泡風呂が気に入ったらしいお子ちゃまの為に、バスボムを用意しておいたり、その後始末を文句を言いつつもやってしまったり。
「おい、梓。 歯磨きしたのか? おーい、あず?」
床に轢いたラグは、ふわふわとした触り心地のいいパイル素材にしてみたり、抱き着き癖のある梓が、抱えやすい大きさのデカいぬいぐるみを置いてみたり。
「こら。 寝る前に歯磨きしろって」
「ぅう…ん、…ぁかった」
「イチゴ味の歯磨き粉、また買っておいたから。 ちゃんと磨いてきな」
「ふわぁ〜ぃ……」
眠たげに目を擦りながらも洗面所に向かう。
本当に言う事だけは素直に聞く。可愛いやつだ。
「ねぇ…廉さん、 またあれ、やって?」
「あれか? ーー…分かった、やってやる」
子供用の甘い歯磨き粉の買い置き、寝室にはアロマディフューザー。それとご所望のミニプラネタリウム。
「ほら、あず。 おいで」
「わぁ…、いつ見てもスゴイなぁ」
ベッドに誘い込み横に並んで天井を見上げる。
梓はこのプラネタリウムが大好きだ。星を見ながら眠るのが、押入れ育ちには夢だったらしい。
「いつか本物の星を見ながら、寝かし付けてやるよ」
「ホント? …へへ。 楽しみ」
横を向き肘を立てて、紛い物の星空を見上げる梓を見下ろした。半分瞼が落ちている。
サラサラの髪をゆっくりと撫でてやる。
まったく…。何が大人だ。
「あず…。 眠いんだろ? もう寝な」
「ん〜……、おやすみな…さ…… 」
早く大人になってくれ。
腰に身に覚えのあるもどかしさを感じつつ、スヤスヤと眠る子供を眺める。
「あと2年半か。 ーーー…長いな」
布団の中に手を入れて、ちょっとだけと言い訳しつつ、薄いシャツの上から胸の小さな豆粒に悪戯をする。
「ふ…、ぅン」
その鼻に抜ける声に満足して指を離す。前髪の隙間から覗く丸いおでこに唇を押し付けてから、同じ場所に頬擦りしながらこれまでの事を思い返した。
学校は通信制にして正解だ。うっかり誰かの目に付いたらと思うと、心配で居ても立っても居られないだろう。
『逃げちまえ。 そんなクソ親の借金なんか払う必要ない。 俺が匿ってやる』
ーーーーそう言ってあの日から、このマンションに綴じ込めている。
此処から出て行きたければ、いつでも出て行っていい。梓にはそう伝えてある。だけどこいつは出ていかないだろう。実際ここに来て1年、一度たりとも一人で外に出た試しがない。
元々親と暮らしていた頃から、ボロアパートでの居場所は押入れの中だったと言っていた。
『足を伸ばして寝られるなんて天国だよ』
嬉しそうにそう笑った。
本当は裏で闇金業者とは話しをつけた。弁護士を伴って借金の返済を済ませ、借用書の破棄と今後一切こいつに近づかない旨の念書も取った。
実質、梓は自由の身だ。
ただし本人は知らない。借金がなくなった事も闇金から解放された事も。そのせいで、俺に囚われた身の上だと言う事も知らないのだ。
知らないからこそ、こいつは此処から出ていけない。外に出たら借金取りから捕まると、本気で思ってる。馬鹿なガキだ。
どのみち此処から出すつもりもないんだ。俺にとっては好都合としか言いようがない。それに、万が一逃げ出してもすぐに居場所は分かる。
耳朶に光る不似合な金のピアス。開ける時は少し嫌がった。だが俺と揃いだと言うと、小さい拳を握り締めじっと耐えた。
このピアスには発信機を仕込んである。俺が日中過ごす執務室から、何時でも居場所が特定出来るよう受信機も設置した。ついでに言えばこのマンションの至る所に隠しカメラや盗聴器も仕掛けてある。それを日がな一日眺めて過ごすのが、今の俺の主たる仕事だ。
何しろ200万払って手に入れた大事な宝物だ。一生かけて大切に愛でよう。
養子縁組も滞りなく済ませたし、元よりこいつには他に行く宛もないんだ。
俺だけを見て俺だけを信じ、俺しかいない世界で俺だけを愛すよう、ゆっくりゆっくり教えてやろう。
こいつは子供だ。
何も知らない子供だから、刷り込むのは容易い。
たかだか200万で、こんな面白いモノが手に入った。つくづく金を持っていて良かったと思える。所詮世の中金だ。愛情も恋人も金さえあれば手に入る。
何も知らない無垢な子供すら……ーーー
「ん…んん……」
もぞりと腕の中の子供が動く。抱き直し背中をトントンと優しく叩くと、じきに規則正しい寝息を立てた。まったく、可愛らしいじゃないか。
この子育ては案外悪くない。
愛しい寝顔に満足しながら瞼を綴じる。
人生は永い。じっくりと時間を掛けてダイヤの原石を磨いていこう。
さて、明日はどんな顔を魅せてくれるのか。計画通りに進まないのも、子育ての愉しみのひとつだろう。
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