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第21話
日中に旭から来た、大林をとめるな!という端的すぎるラインについて、柴崎はわけがわからないまま帰宅の戸についた。
とめるな?止めるな?なんのことだかさっぱりわからん。
止めるなもなにも、大林は有休とるとか言ってなかったか?行動を止めるなってそもそも動くなってことか?
旭のひらがなラインには慣れたが、今日みたいに意味が伝わらないときのが多い。今日も今日とて帰りながらもんもんと考え続け、自宅の扉を開けたときにやっと答えが出たのであった。
「あ、泊めるか。」
見慣れた靴の横に、大林が好きそうなシンプルなスエードのショートブーツが並んでいた。
普段なら、扉を開けた時点でリビングからおかえりー!などと声が聞こえるのだが、それがない。
「あん?」
二人ではしゃぐような声も全く聞こえず、柴崎は静かすぎる部屋に首を傾げながら、ひとまず手を洗うかと途中にある浴室に入った途端違和感に気がついた。
履いていた靴下を洗濯かごに入れようとしたのだが洗濯物が入っておらず、洗濯機には脱水が終わった旭の下着や柴崎のに加え、なぜか見知らぬ下着が。
「………………。」
ぴらりとつまみ上げたボクサーは、側面に当たる部分がメッシュのような編み生地で素肌がちらりと見えるものだ。
旭はネイビーか黒のボクサーしか履かない。柴崎は眉間にシワを寄せると、そのままそれを持ちながら足を忍ばせて寝室に向かった。
これでもし預かり知らぬ所で裸で絡みあっていたら、お仕置きだけでは済まない。
久しぶりにここまでぐらぐらと煮えるような嫉妬をしながら、そっと寝室の扉を開いた。
「おいおいまてまて…」
足音を忍ばせるようにしてベッドサイドに近づけば、こんもりと掛け布団が膨らんでいた。
それは穏やかに上下を繰り返しながら気持ち良さそうにすよすよと寝息も聞こえてくる。
念の為布団を少しめくって顔をみれば、子猫が抱き合うかのようにお互いを抱きしめ合いながら無垢な顔で寝ている旭と、目元を少し腫らした大林が寝苦しそうにしていた。
「…………んー、」
「ふ、んん、っ」
なんだか状況がまったくわからないが、ひとまず浮気の心配はなさそうな気がした。
念の為に布団に手を突っ込んで旭のボトムからするりと下着の中に手を侵入させて確認したが、特に濡れた様子なども無かったので抱かれたということもなさそうだった。
ただそんな甘い吐息を漏らされると襲いたくなるのでやめてほしい。
「飯つくるか…」
もし大林と浮気してたらと少しだけ慌てた自分に気恥ずかしさを覚えながら、3人で食べるなら鍋だろうと決め、ひとまず上下をスウェットに着替えてから、旭がいつもつけているピンクのクマが描かれたエプロンを締めた。
「う、ん…」
「ふぁ、ぁーっ」
もぞもぞと先に目覚めた大林が、すんすんと鼻を引くつかせて旭の腕の中から顔をのぞかせた。
なんだかいい匂いがする…スパイシー?香辛料のような食欲をそそる香りだ。
大林は寝起きの回らない頭でふわふわとしたままぼう、っとしていた。
「ん、…おきたの?」
「ん?」
つむじのあたりで甘ったるい掠れた声が聞こえた。
ぽやぽやとする頭で抱きしめられていた腕をゆるゆると退かして顔を見上げれば、眠気眼でけだる気な旭から甘く微笑んで見つめ返してきていた。
「俺、お前に抱かれましたか?」
「ん?抱きしめて寝ただけだよ。」
俺が誠也さんを裏切るわけないでしょ、とくすくす笑うが、寝起きの旭の色気には少しだけどきどきした。
「今何時…」
「もう21時過ぎたよ。柴崎さんかえってき、」
たみたい。と全て言う前に、スパァン!と勢いよく寝室の扉かスライドした。
「おはよう子猫共。俺になにか言うことは?」
「おかえり誠也さん」
「ただいま理人、さっさと腕んなかの大林をぺいってしなさい。」
「びびった、なにそのエプロンうけんね」
それはもう堂々とした仁王立ちで、間抜けなエプロンを黒のスウェットに締めている様子は任侠保父さんのようないかがわしさだった。
「やかましい。お前は今日一日泊まるんだから借りてきた猫のように慎ましくふるまえ。」
「こっわ、お前の彼氏あんなんでいいの?」
「俺には甘いもんね?」
「理人可愛い。早く起きて顔洗っておいで。」
百貨店では出来る男でクールなイメージだったが、恋人である旭の前ではこんなにでれでれなのかと、オンオフのメリハリが凄すぎて面白い。
旭に促されるようにベッドからでれば、大林が着ているスウェットをみて目を見開いた。
「お前それ俺と旭のお揃いの奴を貴様!」
「お前か貴様どっちかにして!?ってか貸してくれたんだよ。」
「大林の服洗濯しちゃったしね。今日だけ、ね?」
「いいよ!」
「あっさりかよ。」
このくそバカップルめと、柴崎を扱いなれている旭をみれば、親指をたててポーズをしていた。こいつも大概したたかになったよなと思う。
顔を洗いリビングに向かえば、ガスコンロの上にグツグツと美味しそうなキムチ鍋が湯気を立てている。
なぜかプチトマトと追いキムチの素、白菜キムチが業務用ボトルのままずどんと置かれているのは見ないふりをするべきか。
唯一白さを主張する生卵らしきものもある。なかなか絵面としては面白い食卓だ。
「うちの子がキムチ鍋好きなんだわ。」
「と、いうか辛党でね?大体キムチ鍋じゃ無くても白菜キムチは常時食卓に上がるよね」
「この生卵は?」
「それは柴崎さんのやつ。大林も食べたければどーぞ!」
真っ赤である。唯一見えている白さは豆腐と餃子か。食卓の彩りにも驚きだが、キムチ鍋に関しては普段あまり食べない分、何がスタンダードなのかはわからない。
ほい、とよそわれた一人分の器に恐る恐る口を付けてみると、餃子や肉団子、白菜キムチの出汁が出ていて驚くほど美味しかった。
「うまいもん食えばやなことなんて忘れられるんだよ。」
大林の事情を知らない柴崎も、なにか思うことがあったのだろうか。にこにこと嬉しそうに鍋を食べる旭を優しそうに見つめる姿に、目の前の二人のようになりたいと思ってしまう。
うらやましいな、と口にするのも恥ずかしい。
この恥ずかしさを榊原さんにみせる勇気を、どうしたら身に着けられるのか。
ただ二人が好きあっている姿を見て、無性に会いたいと思ってしまった。
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