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第30話

ふに、と唇に柔らかいものが当たる。 なんだかその感触が心地良く、大林は半分寝ぼけながら答えるように唇でそれを啄む。 すると、まるで戯れるかのように甘く吸いつきながら粘膜を触れ合わせるように、ちぅと音をたてて数秒間触れ合う。 これは、口付けだ。 涼さんがしてくれるそれは酷く気持ちがいい。 ゆるゆると舌を絡ませれば、甘く、鼻から抜けるような深みのある香りがする。なんだかしっているような味で、半覚醒のまま探るように舌をすり合わせる。 くち、ぢゅぷ、と粘着質な音をたてながら、飲みきれない唾液をそのまま零す。 甘い、それでいてふわふわする味だ。これは、ブランデー? 「ン、ふ…っ」 れる、と厚みのある舌が溢れた唾液を掬うように舐めとる。腹の奥がきゅうぅ、と収縮した気がして、ふるりと睫を震わせて目を開いた。 「おはよ、」 「…は、よ…」 すり、と顔を擦り寄せ挨拶する。榊原は甘くとろけた目で大林をみやれば、そのままあぐ、と甘く鼻先を噛む。  「ぅ、ん…」 「体は平気?」 「ん、へーき…」 本当は腰が悲鳴をあげているが、それも榊原から与えられたものだと思うとたまらなくなる。 このぽかぽかした気持ちや、すべてをさらけ出した満足感というのは、癖になるなと思った。 「なんか、いいにおい…?」 「ん、チョコレートごちそうさま。」 「あ、」 すん、と擦り寄り香りを楽しむと、榊原からしたのは自分が作ったものなのだと知った。 この人の為につくったもの。なんだかそれを知られるのは気恥ずかしくて、受け取って貰えたこともうれしくて、なんだか情緒が忙しい。 いっそ、寝てふりをして忘れたままでいたかった。 「寝かせてあげたかったんだけど、なんか嬉しくてつい…起こしてごめんね。」 「そ、そう…か、うん…うん、」 ぶわ、と一気に体温があがった気がした。なんだこれ、くそはずかしい。 自分の気持ちを受け取ってもらうことは、酷く心がかき乱さる。こんなダサい反応をするとはおもわなくて、大林は子供みたいな反応を知られたくなくてもそもそと布団を引き上げて顔を隠した。 「梓、こっちむいて?」 「…やだ」 「ふふ、」 「わ、」 布団ごと抱きこむかのように多い被さり楽しそうにする榊原がなんだか子供っぽい。この人は今ご機嫌なのだ。俺の贈り物で、こんなにも。そう思うとすこしの優越感を感じた。胸のあたりがほこほこしてあたたかい。嬉しいという気持ちが膨らみ、気づけばくふくふと笑っていた。 「ん、ふふ」 「ご機嫌だなぁ、ね。お風呂はいろう?」 「はいる…」 「よしきた、」 ひょい、と布団をはがされ、そのままシーツにくるまれると軽々と抱き上げられる。榊原の足取り軽く、どうやらそのまま風呂場へ向かうようだ。 ゆるゆると顔を出して見やった時計は、早朝を示していた。 「涼さん仕事は?」 「連休もぎ取ったから休み」 「俺明日出勤だ…」 「僕んちから行けば?」 「ん、そうする…」 行儀悪く葦で浴室に繋がる引き戸を開けると、沿っと大林を下ろしてシーツを洗濯機にいれる。 こうして改めて愛された体をまじまじと見ると、所有印と歯型だらけで何だか面白い。榊原は謎に照れくさそうにしながら、若気の至りってやつかなぁ…などとのたまう。 「軽くかきだしたんだけど、中きちんと洗おうか」 「む…、お風呂えっちはしないからな…」 「ぜ、善処するよ…」 あまり盛らない自信はないかもしれないけど、と続けると、シャワーを適温に調整してから大林の体を濡らす。お湯の暖かさに包まれながら、こうして誰かとはいったのは旭以来だな、と思う。 そう考えてみると、なんだか連日介護されてばかりである。 泡立てたスポンジが身体をすべる、腰のあたりで一瞬の戸惑う様に停止するも、そのまま後ろから抱きしめるようにして下腹部にスポンジが滑った。 「っ、」 「洗うっていっても…」 「な、に…」 「やっぱりあまり我慢できそうにないんだけど…」 「ぶふ、」 やや頬を染めながら必要ない以上に股の部分が泡立っているを見て思わず吹き出す。 辛うじてスポンジは握っているものの、良い男が顔を紅くしながら勃起したものを腰に押しつけて自己申告してくる様子が滑稽でケラケラ笑ってしまう。 なんだかとても可愛いらしくて大変よろしい。マテをしている犬のような榊原が若干情けなく見えるのも相まって、仕方がないと振り向きざまに口付けをひとつ送ると、いいの?とおそるおそる唇を伺うように啄んできた。 「なんで男の性器が、この形をしてるかしってる?」 「ん、保健の授業でならったっけ?」 「どーだろ、知らないなら…実地してみる?」 「ぐ…、梓は…ちょっと意地悪いよな」 甘く耳を噛んで囁くと、じっと睨まれる。これからもしかしたらもう一度抱かれるかもしれないのに、こんなカジュアルなやりとりひとつとっても楽しい。 大林はぎゅ、と抱きつくと照れくさそうにしながらマテを強いられている榊原の鼻先に噛み付いた。 「あてっ」 「恋すると、噛みつきたくなるんだな。」 「ん?ふふ、そうかも。」 あぐ、と大林の頬を甘噛みしかえすと、そのまま二人して口付けをしながら合間に言葉を紡ぐ。 「ちゃんとした恋愛、できるかなぁ…」 「こんなに俺を振り回しといて自信ないの?」 「振り回してる?」 「今もずっとね?」 先程から尻の合間に挟んだ性器をゆるゆると擦りながら、不服ですとばかりに見上げる姿が面白い。 恋愛は馬鹿になっていいと思う、と言われた意味がなんだかわかった気がした。 「お風呂はやだ、あがってからして」 「ん、なら早く洗っちゃおう。」 目の前の恋人も、自分もお互い余裕なんてないのだ。 恰好つけたくて色々準備しても、結局すべて馬鹿になっておしまい。でも、そんな瞬間も過程もなんだかとても大切で、こうして楽しめるのが恋なのかも、と思った。 大林は恋愛が下手くそだ。榊原も、わざと婚約指輪なんか嵌めて恋愛から遠ざかるくらいには下手くそ。 きっとお互い依存するだろうし、喧嘩することもあると思う。主に大林のわがままで。 でも、甘え方が下手なだけというのもなんだかバレている気がした。 「いっぱい噛んでいーよ」 「君も、沢山僕を振り回してくれていい。」 ほらね、とニヤッと意地悪そうに笑われる。 榊原の甘え方は狂気じみてるけど、それが嬉しい。きっとそんなふうに思ってるのもばれてる。 お互い足りない部分を補って、とけてあとは流されるまま。なので、大林の余裕が無くなる前に言っておくことにした。 「涼さんが、俺の宝物だね」 「愛してるより照れくさいね…」 「んふふ」 愛してるは、恥ずかしから最中に。 あぐ、と榊原の耳を噛むと、可愛い、殺す気か…?と呟く榊原のあまりの声の低さに、大林の楽しそうな笑い声が浴室に響いた。

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