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第1話

「約束するよ。君を見付けたら一番に抱き締めてあげる」 気紛れな女神さまの神託が俺達のいた世界に流れたその夜、そうあいつは言った。 だけど、俺は信じられなかった。 「どうだかな」 「俺がそんなに信用できない?」 「まあな。そこにお前の弟がいたら?」 こいつのブラコンぶりはよく知ってる。 それに……。 「まさか」 俺の台詞を笑い飛ばしたこいつだけど。 (俺達のこの関係は本当じゃないしな) 剣と魔術が戦の定番の世界。 今いるこの世界からしたら、『異世界』ってなるんだろうが。 そこに俺達はいた。 いつ命果てるかもしれない兵士として。 だが、農村出身の俺とは違ってあいつ──ジュリアス──は貴族の三男で。 家督を継ぐのは長男と決まってるから、炙れた三男以下の男子は大体入隊するか、どこぞの貴族へ婿養子となるか位しか食い扶持がないと聞く。 それだけ聞くと俺みたいな平民からしたら、恵まれてると思うのに、こいつときたら。 「心配性だな。ヒューゴは」 この世界での最後の夜、互いに熱を分けあった寝台の中でジュリアスはにこりと笑んだ。 漆黒の髪に淡い青の瞳、という取り合わせに加えて端正な美貌、とくれば相手なんか選り取り見取りで。 口先では何とでも言える。 貴族の出身なのに気さくに話に応じるジュリアスに皆が魅了されるのは早かった。 そしてその後、ジュリアスの弟カイネが入隊してくると、更に人気は盛り上がって。 (何で俺とこんなことしてるんだろう) 睦言も優しい触れ合いも全てがまやかし。 『最近上手く行っているようじゃないか』 付き合い始めてしばらく経った頃、聞いてしまった。 兵舎の奥。 誰も来ないと思っていたのだろう。 そう言った上官の声はよく響いた。 『兵士が集団行動が取れなくては困るからな。やはり君に頼んで正解だった』 聞こえてきたのは俺のことで。 (じゃあ、ジュリアスは……) ジュリアスの答えを聞きたくなくて気配を殺してそこを後にした。 『凄いね。あんなに俊敏な動きができるなんて』 最初の手合わせで我流だが何とか押し勝ったとき、感嘆したように言われた。 「別に大したことじゃない」 元々小柄だった俺は難癖を付けられることが多く、こういった場合の立ち回りは馴れていた。 だが、それは逆に皆と足並みを揃えるのが苦手ということにも繋がり。 「よし! 次、第5部隊っ!! 足並みが乱れてるぞっ!! そこのお前っ!!」 一応体格が近い者を集めて編成されているけれど、俺はその中でも背が足りなくて。 そうなると必然的に歩幅が追い付くはずもなく。 「お前だ、お前っ!!」 「はい」 小突かれながらも何とか返事を返すが余計不味かったらしい。 「生意気だな。もういい。向こうで腕立て伏せ五百だ。分かったな」 「はい」 まだ部隊全員で、と言われなかっただけましかもしれない。 俺は愛想なんてある方じゃない。 むしろ、集団から離れて一人でいるのが好きだった。 そのせいか、 「むかつくんだよ、お前」 絡まれることも珍しくなかった。 (ああ、またか) 相手は同じ部隊の、いわゆる同期だ。 同じ平民出身のはずなのになぜか俺とは相性でも悪いのかよく絡んでくる。 「お前のせいで俺達の隊が目を付けられるじゃないかっ!!」 「村へ帰れっ!!」 「待てよ。確か除隊は怪我とかすればなれるんだよな」 (おいおい。待てよ) ひとりが呟いた言葉が思ったよりも響いたようで場に沈黙が落ちた。 「そうだよな」 誰かが同意したような呟きを返し、思わず一歩下がりかけたときだ。 「何かそれ、かっこ悪いね」 (え?) ジュリアスがいた。 大きなスライドで俺の方へ来ると、庇うように前へ立たれた。 「君達は何のためにここにいるんだい?」 穏やかに諭すような口調だが、ジュリアスは元貴族だ。 命令することに馴染んだ者の威圧がなかったとは言い切れない。 「まさか訓練が辛いから仲間に当たってなんかないよね?」 「まさかっ!!」 奴らの内の誰かがそう返したが、誰が優位なのかは明らかだった。 奴らが散っていなくなった後、 「久々だなあ。こういうの」 やれやれというようにジュリアスが言ってこちらを見た。 「場慣れして見えたが」 「一応戦場以外ではそういうことはしたくないんだけど」 しゅん、と項垂れた様子に俺の口元が緩んだ。 「あ! 今の顔っ!! もう一回見せてっ!!」 「はあ?」 意味がさっぱり分からなくて戸惑っていると、 「だから、今の顔っ!! もう凄くかわ……ん、いいねっ!!」 「……今、かわいいと言いかけなかったか?」 「やだな。そんなことないよ。ほらもう一回」 「断る。次の訓練の時間だ」 そんなやり取りの後、俺達は話をするようになって、何故か枕を交わす仲になり。 「カイネッ!! やっと会えたねっ!!」 あの後、転生させられた俺は現在高校生となった。 (こうなると思ったよ) 今、俺は偶然入った喫茶店でジュリアス(恐ろしいことに見た目はほぼ同じだった)が、現在俺の弟として転生した華衣禰を真っ先に抱き締めているのを見せ付けられていた。

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