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第1話
「初めてのBLについて聞きたいんだけど」
穏やかな午後。六畳一間のフローリング部屋で、ロテーブルを挟んで向かい合う。
出がらしのお茶と彼が持ってきた洋菓子(並ばないと買えないデパ地下のエクレア。モテる奴は人気店のリサーチを欠かさないらしい)を交互に食べながら、何気ない会話を交わしていく中で、彼からおよそ馴染みのない単語が飛び出してきた。誰か、エクレアを吹き出さなかった僕を褒めてほしいくらいだ。
彼――涼真とは、幼馴染みだった。家が隣同士で、家族ぐるみの付き合い。そんな彼は大学生になってからも、毎日のように僕の部屋に入り浸っては、何だかんだとしょうもない話をして帰っていく、なんとも賑やかな奴なのだ。
かくいう僕は、良く言えば寡黙、悪く言えば陰キャと呼ばれる類の人間である。さらさらヘアに対し天然パーマ、長身に対して平均よりやや低め。僕達は、幼馴染みでなければきっと出会っても会話すら交わさないような、ちぐはぐな二人でもあった。
それでも、今日も今日とて、彼と僕の間では、家族の近況報告やその他他愛の無い雑談で、会話が途切れることはなかった。僕はといえば、気の置けない彼とだからこそ交わせる会話に、どこか特別感を覚えていた節さえある。
初めてのBL。
そんな中、突如として出てきた単語がコレだ。
「昨日、絢子が友達から本を借りてきてさ」
「ああ、彼女が」
彼は僕の動揺など気にせず、会話の続きをつらつらと話し続ける。
「中身は小説だったんだけど、表紙がなー。なんか、男二人の距離が近くて」
「タイトルは分かるか?」
「二人が集う恋の漁村」
ふむ、と僕は頷いた。その題名には覚えがある。
ちなみに、僕は腐男子でもなければ、彼のように身内がそういったものを好んで摂取しているというわけでもない。
ただただ、近所の小さな書店でバイトをしているだけの一般大学生。もっといえば、人手が足りず、バイトという立場にもかかわらず本の発注を任されてしまった大学生だ。といっても、「これ、人気そうだ」と思ったものをノートにまとめておけば、あとは店長が気ままに発注をかけてくれる。
だから誰にでもできる簡単な仕事だと言われたが、まさかBL漫画およびBL小説の発注担当になるとは誰が予想できただろう。
しかし、給料をいただく以上はしっかりと仕事はしたい。その結果、BL漫画および小説のうち、人気作のタイトルやあらすじ、それとヒットする傾向などは掴めるようになってきた。そんな事情があり、彼も僕に意見を求めてきたのだろう。
ちなみに、そんな彼はといえば、しょっちゅう僕のバイト先に来て、お耽美な表紙の本を陳列していく僕を観察してはにやついている。
挙句の果てには、僕の気も知らないで、同じくバイトの山田さんや鈴木さんといった女性陣に隙あらば話しかけており、「笑顔が素敵」という評価まで頂戴している。何ともいけ好かないチャラ男だ。
「で、その漁村2っていうのはどんな小説なんだ」
「思いっきりタイトルを間違えるな。二人が集う恋の漁村だ。内容は、最近流行りの……」
と言ったところで、しばし言い淀む。
BLとは、男同士の恋愛を描いた作品全般を指す。悲恋やピュアラブもあるが、時に友情以上の感情を示すため、肉体関係が描かれることもある。というか、描かれたものの方が多い。
そして中には、いわゆる特殊性癖を扱っているものもあるのだ。男が妊娠出産をしたり、人外の雄と人間が結ばれたり、他にはモブは触手に攻められたりと、もはや男×男なのか分からないものまで、内容は多岐に渡る。
そう、つまり「このBL作品が好き」と言うことは、「私はこの特殊性癖についての有識者です」と主張するようなものなのだ。同好の士以外には隠したくもなるだろう。
自分の知らないところで涼真に特殊性癖をバラされるのは、絢子さんの名誉に関わるかもしれない。
内容を教えろとしつこい彼に、僕は
「まあ、最近流行ってる普通のBLだよ」
とぼかした言い方をした。
ちなみに、『二人が集う恋の漁村』は、ガチムチの漁師、船の上、七日間、何も起きないはずがなく……という、リバありクラゲによる触手姦ありオメガバースという、わりとエロス盛りだくさんの小説である。
余談だが、景気も悪く人々が多忙を極めると、頭をからっぽにできるエロスBLが流行る、というのは書店員である僕の持論だ。
「そもそも、どうして君は彼女の読んでいるBLの内容を知りたがるんだ? 興味か?」
「そりゃあ……えっちな話だったらアレだし、お前に、初めてに相応しいピュアなBL作品を教えてもらって、こっちの方がいいぞって薦めようと思ってだよ」
「それはやめてやれ。彼女たちにはポリシーがある」
特殊性癖云々を除いても、BLには必要不可欠な要素がある。
掛け算。カップリング。どの表現を使うかは人によるが、何も知らない彼に説明するには後者の単語の方が分かりやすいだろう。
「つまり、誰と誰がカップルになるかってことか?」
「字面からの理解が早くて助かる。その中でも、攻めと受けはしっかりと固定する方々が多い印象だ」
「攻め? 受け?」
「つまり……カマを掘る方と彫られる方、ポジションの話だよ」
どうして僕は少し恥ずかし気にこんな話をしているのだろう。
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