2 / 2

第2話

「でも、要するに、誰と誰がカップルになるかって話だろ? そんなポジションくらいで……」 「重要なことだ。石油王は攻めなのか受けなのか。はたまたえっちなお兄さんは攻める方か攻められる方か。世間の荒波に流され続けくたびれたおじさんがイケイケな青年と出会いオスになるのかメスにされるのか、そこひとつでストーリーは大きく変わる」 「えっと、つまり?」  早急に結論を導きだそうとする彼に、待ったをかける。 「今、僕が分かりやすい例えを考えてやる。……ベーコンレタスサンドだ」 「はあ」 「そう、パンでベーコンとレタスを挟む。それがベーコンレタスサンドだ。しかしベーコンとレタスでパンを挟んだ場合、それはビジュアルからしてまったく違う食べ物だろう。だから腹に入れば同じだろうと、お前が言ってるのはそんな暴論だ」 「なるほ、ど……?」 「いや、違うな……間違えた。ベーコンとレタスでパンを挟んだ食べ物には名前がついていない。逆王道を愛する方々を名無しとして例えてしまうのは不適切だろう。もっと相応しい例を考えさせてくれ」 「お、おう」 「そうだな……あんこを餅で包んだ大福と、餅をあんこで包んだあんころ餅の例えがいいな」  だって、どっちも美味しいし。 「つまり、俺が何も知らないままに薦めると、アイツは違う! とキレる可能性があるのか……?」 「絢子さんが過激派とは考えづらいが、気まずい空気が流れるのは間違いない」  僕はバイト中に、腐女子の方二名の間に亀裂が入った瞬間を見たことがある。「世話焼きな下僕体質って受けだよね」。その一言に、もうひとりが「えっ」と返す。その時、場は硬直し、彼女達の間を見えない稲妻が走ったようだった。  しかし、大人の女性であった二人は、「そういう考え方もあるよね」という言葉に言葉以上の意味……つまり「貴方とは争いたくない」という意思を込めて、その場を治めたのだった。 「not for me. その姿勢で、腐った方々は次なる大海原に旅立つらしい」 「お前、無駄に英語の発音いいよな……。じゃあ、オレが絢子にどうこうっていうのは難しいか」 「ああ。友達から借りたというのなら、彼女もまた航海の途中だろう」  旅しているのは、腐海と呼ばれる大海ではあるが。 「しかも、読んでいるのは漫画ではなく小説ときた。漫画なら絵柄の好みを一瞬で判断でき、そこからのアプローチもできるだろうが、文体の好みは判断が難しいからな」  今、僕が心の中でだらだらと話しているこれが仮に小説だったとしよう。その場合、好き嫌いは別れるはずだ。語りが鬱陶しいと言われる可能性もあるし、一人称視点よりも、神の視点から描かれる繊細で緻密な情景描写が好きだという人も多い。  例えば、『この言葉に涼真はそっと目を伏せた。長い睫毛が黒曜石色の瞳にそっと影を落とす。どこから見ても美しい憂い顔だった』みたいな。  もっとも、彼はそんな表情をしておらず、ただ能天気にこの無意味な会話について考えを巡らせているだけなのだが。 「それにしても、お前がBLについて訊いてくるとは思わなかったよ。僕のバイト先に来てもバトル漫画しか買わないじゃないか」 「だって、知りたかったし。好きだって言って、男同士で付き合って、その先、どうなっていくのか」 「そんなことだろうと思ったよ。だしに使われた絢子さんが可哀想だ。思春期の読書内容を、実の兄弟に知られてるなんて、黒歴史も甚だしい」  説明がまだだったが、絢子さんとは彼の妹で、彼女も僕の幼馴染みにあたる。  涼真は女性とよく話すが、実のところ、彼の周囲に女性の気配はほとんどない。僕のバイト先に来て女性店員と楽し気に話すのは、僕をとりまく周囲についての情報収集なんだそうだ。  まったく、こっちの気も知らないで。僕のことなんだから、直接僕に訊けばいいのに。  申し遅れたが、僕と涼真は高校卒業を機に交際を始めた。告白は彼から。趣味が合うわけでも性格が似ているわけでもなく、互いのテンションの差だって激しい。ただくだらない会話をするだけの僕に何故、近海漁業かという言葉も浮かんだが、最終的には彼の告白を受け入れた。  だって、僕も彼のことを憎からず思っていたから。 「でもあの小説、ぱらぱら見た感じ面白そうだったんだよな」 「読んだのか、『漁村』を……」 「そう。んで、挿絵はこんな感じだった」  気がつけば、彼はローテーブルを迂回して僕の隣に来ていた。肩を抱かれ、顎を掴まれ上を向かされる。俗にいう顎クイだ。そのまま『おもしれー幼馴染み』とか言ってくれればいいのに、言葉はなく、ただ唇が重なった。 「んん……っ」  唇を軽く食まれ、わずかに開いたところでぬるりと舌が入ってくる。息がしづらいから離せとわずかな抵抗を試みたものの、手首と後頭部は彼にがっちりと捕らえられている。この馬鹿力が。空いた手で胸板を押してみてもびくともしなかった。  もう舐められていないところなどないだろう、というくらいには口腔をかき回され続け、名残惜しそうに彼の唇が離れた時には、僕は息が上がってしまっていた。  付き合っているとはいえ、なんたる暴挙。僕はキスなど三回目のデートの後だろうと思って何の覚悟もしていなかった。  気持ち良くなってしまった気恥ずかしさと戸惑いで、BL小説を参考にしたと言い放った彼に、こう叫ぶ。 「び、BLはファンタジーだぞ!」  なのに、彼は僕の顔を見て、嬉しそうに笑うのだ。 「俺らの話を小説にしても面白そうだよな。テーマは『幼馴染み』と『初恋』で」  なんて言いながら。

ともだちにシェアしよう!