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眠り続ける君の隣で

「なあ。お前の時は、もう終わったのか?」  横たわるそいつを目の前に、届きもしない問いをぽつりと俺は投げかけた。  床も壁も天井も、一面白に包まれた空間で。  そいつはただ、息をしていた。  眠ったように微動だにせず、ただ生きていた。  そんなそいつの頬に手を当てた俺は、「冷たいな」と呟くと体温を移すように自身の体を横たえ、その小さな体をギュッと抱きしめる。  小さくて可愛い顔立ちのくせにいつも眉間に皴なんて寄せているから、そいつは周りからは怖がられていた。  それが今では怖さの欠片もなく、童顔の可愛さが全面に出ている。 「お前は今、どこにいるんだ?」  そんな彼にまた、届かぬ問いを俺は投げた。  抜け殻のようなその体に、実際に彼の魂は存在しない。  そんな根拠のない確信めいた自信が、俺の中にはあった。 ――だとしたら。  彼の魂は、今どこにあるのだろう?  どこをふらふらしていて、いつ帰ってくるのだろう? 「怖い」  早く帰って来いと呼びながら、俺の思考はどんどん悪い方へと沈んでいった。  もし、このまま目が覚めなかったら。  眠ったように、次の瞬間には息をしていなかったら。 ――伝えきれなかったあの言葉を、一生伝えられないのだとしたら。  考えただけでも、身を引き裂かれそうなくらい心が痛む。  だからかぶりを振ってその考えを払い、ギュッと抱きしめて温もりを移す。 「澄音(すおん)……」  そうして何度も呼び続けているその名をまた呼びながら、俺の思考は澄音との思い出へ向かった。  澄音との出会いは、何というか印象的だった。  高校の入学式の日、学校に行く途中でヤンキーに絡まれている現場に遭遇してしまった。  こういうのは見ない振りに限る。誰だって矛先が自分に行くのは面倒だし、怖い。  けれども絡まれている多分同級生となるであろう男子生徒を放っておけなくて、我ながら損な性格をしていると思いながらも声を掛けようとした時、俺の横をすさまじい勢いで風が駆け抜けた。 「ぶふっ」  飛び蹴りをまともに食らい噴き出した男は、そのまま地面に耳を付ける。 「んだ、てめー、は……」 「ま、まてこいつ、東中の赤鬼だぞ!」 「ハ!? んでそんなやつが、こんなとこに……って、俺らの高校馬鹿高じゃねーか! そりゃ来るわな!」 「馬鹿で有名だもんな、そいつ!」  という失礼な台詞を吐きながら、赤い髪をしたそいつから逃れるようにして倒れた男を拾い、ヤンキーが去っていった。 「大丈夫か?」  挙句、助けた男子生徒にまでヤンキー以上に怖がられ、颯爽と逃げられる始末。 「ぷっ」  そんな漫画じみた光景を見せられた俺は、思わず声を漏らしてしまった。  慌てて口を押えても後の祭り、彼の視線は俺に向いてしまった。 「お前……」  鋭い眼光で、眉間に皴を寄せて近づいてきたそいつは、俺の前に立ったかと思うと徐に俺の手を取り、自身の頭に乗せる。 「ほら……怖くないぞ」  口をへの字に曲げて、俺の胸辺りまでしか身長がないくせに小さな狂犬のような雰囲気のそいつに、もう俺は笑いを堪える事が出来なかった。 「あッはは、何だそれ! 犬かよ! 撫でて欲しいのか?」 「……撫でても良い、怖がらないなら。あの視線は地味に傷つく」  今までああして、弁解の余地なく逃げられて来たのだろう。  だから逃げない俺を捕まえて、怖がらせないようにしたってわけだ。  顔も雰囲気も怖いのに、やってることが可愛くてギャップがありすぎる。こんな事をされたら、俺は暫く笑いを止められない。 「おい、いつまで笑ってる気だ」 「ハハッ、悪い悪い、おかしすぎて。あ~、久しぶりにこんな笑ったわ」  こんなに笑っても彼は眼光を鋭くするのみで俺に何かする気配はないし、頭に添えられた手は離さない。  だから俺はでは遠慮なく、と撫でて、照れたように耳だけ器用に染めるそいつにまた笑った。  きっと、その時から俺は澄音の事が好きだった。  クラスも同じだった俺は、一匹狼になりかけていた澄音の側にいて、皆からは『赤鬼の手綱を握る人』と認識されていた。  俺自身は割と初対面でも仲良くなれる人だったので澄音以外とも喋っていたのだが、誤解が誤解を呼び澄音に話しかける奴なんていなかった。  だからこそ俺がそっち側だと誤解を受ける事も、澄音の代わりに呼び出される事も、もちろんあった。 「流羽(るう)!」  俺が誰かに殴られる度、澄音は血相変えて駆けつけてくれた。  何度も『オレと一緒に居ようとするのをやめろ』と、『怖がらないでくれるだけで良いんだ』と言い聞かせられた。  言われる度に俺は『一緒に居たい』と虎視眈々と説得し続けた。  それは決して、エゴなんかではなかった。  ただ単に離れたくなかったんだ。  だってそうだろ?  怖いくせに可愛くて、自身に向けられる何気ない風評で傷ついて、でも何でもない振りをして。  傷ついた顔をすると、俺は必ず抱きしめた。  不安そうにしながらもぎゅっと抱きしめ返してくる澄音の事が、俺は愛おしくて仕方が無かった。

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