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リセット

 面会時間ギリギリまで粘った俺は、病院の近くにある公園のベンチにて腰を下ろした。  病院を出ると、俺は毎回ここでこうして心を落ち着かせている。  いつ開かれてもおかしくない瞼を眺め続け、張りつめた神経を一つ一つ解くように深呼吸を繰り返す。 「あの」  そんな俺に、幼い声が掛けられた。  だらりと背もたれに預けていた背を離し、視線を下にさげる。 「これ」 「くれるの?」 「うん」 「ありがとう」  渡されたのは、花だ。そこら辺に咲いているタンポポの花を渡した三歳くらいの男の子は、俺が受け取った事で満足したのかすぐに離れていった。  最近、こういう事が良くあった。  俺は傍目から見てもすぐに分かるくらい疲れた顔をしているらしい。  こうして公園でベンチに座っている時、街中をただ歩いている時、または登下校の道中で。  ふいに知らない人に話しかけられ、何かを渡される。  それは今日のように花である事もあるし、鞄から取り出された飴やお菓子な事もある。  小さな男の子から社会人、老人など年齢も様々で。  気にかけてくれて嬉しい反面、そんな顔をしている己が情けないとも思う。  だが他人からの気遣いはやっぱり嬉しくて、貰ったものは宝物のように大切に扱っていた。 「そういえばあの時も、タンポポが咲いてたな」  ふとその花を見て思考を馳せる。  あの日、澄音が目を覚まさなくなった日。  それは今から約一年前、放課後の教室での事だった。  初恋は実らないというけれど、俺のそれは顕著だった。  高校に入学と共に落ちた恋は、アピールするも振られる一方だ。というより、全く届く気配がない。  常に一緒にいて、何かある度に触れて、遠回しな言葉で伝えたりもするのに、澄音からの反応は極めて蛋白だ。その行為の裏にある感情なんて見向きもしてくれない。  だが、俺たちがそんな関係を保っていたとしても周りには関係ない。  今まで誰にも懐いてこなかった奴が、懐いている。  男子校という事もあり、それだけで俺たちはそういう関係だと見られる事も多かった。 「君、流羽くんの事好きなんでしょ?」  だから、きっと今までもこういう事はあったはずなんだ。  俺がいない所で、俺たちの関係性について尋ねられる、なんて事は。 「好きだけど?」 「友愛じゃないよ? 僕が言ってるのが恋愛の意味での『好き』って、分かってるよね?」  怖がられ委縮される事も多い澄音に、よくそんな高圧的な物言いが出来るものだ。  忘れ物を取りに来ただけなのだが、思わぬ場面に遭遇してしまったと俺は教室の外のドアに背を付けながら息を詰めた。 「恋愛……よく、分からない」 「僕は好きだよ、流羽くんの事」  澄音の最後の言葉に被せるような勢いで、その男子生徒は言った。 「だからもうこれ以上、流羽くんの側にいて迷惑かけるような事、しないでよ」  言うだけ言って、男子生徒が立ち去る気配がし俺は慌てて隠れる場所を探した。  今来た風を装おうとドアから少し離れた所で、「嫌だ」という声が聞こえ足を止める。 「流羽から離れるのは良い、だけどオレから離れるのは嫌だ」 「……何それ」  男子生徒が足音を響かせ、澄音に詰め寄る気配がした。 「せっかく手に入れた居心地の良い場所を手放したくないって事? そんなの、流羽くん以外でも良いんじゃない?」 「嫌だ、流羽が良い。オレは流羽としか一緒に居たくない」 「それ……言外に恋愛の『好き』って言ってるって分かってる? 独占欲、瞳に出てるよ」 「え?」  キョトンと、澄音の声が裏返った。  と同時に俺はドアに背をぶつけ、大きな音を立ててしまった。 「誰?」  すぐに男子生徒が反応する。  どうしようかと迷ったが出て行く他なくて、やむなく俺は姿を現した。 「悪い、聞くつもりはなかったんだけど……」  気まずさを滲ませ顔を出すと、俺と目が合った澄音の顔がどんどん赤くなっていった。 「き、聞いてた、のか?」 「……」 「…っ!」  俺が澄音の問いに首肯すると、澄音が止める間もなく駆け出した。 「澄音!」  呆気にとられながらも俺は、キョトンとしている男子生徒を置き澄音を追いかける。 「待て、どうして逃げるんだ!」 「だって、『好き』なんて言ったら側に置いてもらえなくなるだろ! だから聞かなかった事にしてくれ、リセットさせてくれ!」 「俺の話を聞けって! 俺は……っ」  その時、曲がり角の向こうからトラックが突っ込んでくるのが見えた。  何かを避けるため道を外れたのか、歩道に入ってくるそのトラックを、いきなりの事に俺たちは足を止める事が出来ない。 ――キイィィ!  澄音の体が、宙に舞った。  赤い血が飛び散って、その血が道端に咲いていたタンポポにも落ちた。  盛大な音を立て地面に落ちた後、彼の体はピクリとも動かなくなった。 「す、澄音!」  信じられない光景を目の当たりにして、俺は手が、足が震えながらも澄音に駆け寄った。  僅かに目を開いた澄音は俺に手を伸ばし、うわ言のように何かを呟く。 「おれ、は……ずっと、おまえの、そばに……」  そうか細く呟くと、澄音は意識を失った。

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