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第3話 お友達

 紺野くんはただじっと自分を見ながら、小さく首を傾げる。  親しくない相手に、いきなり重い話をされて戸惑っているのだろう。そう思うと急に恥ずかしくなり、言ったことを取り消したくなった。 「だから?」  紺野くんは、そう一言。  聞き返されるとは思わなくて、見つめあったまま固まってしまう。  だから、なんなのだろう。  自分でも何が言いたいのかわからなくなった。 「あ、だから……たまに、こんな風になっちゃうんだ」  的外れかもしれないけれど、苦笑してそう言うしかなかった。  転校してしまった友達のこと。  中学の頃の記憶がふとした拍子で蘇って、よくお腹が痛くなってしまうことを伝えた。  紺野くんは興味が無さそうな顔を崩さなかったので、全身にますます熱がいくのを感じる。  情けなくなり、枕で顔の半分を隠した。  (失敗した……こんなこと、言わなきゃ良かった……)    笑い話にされる訳でもなく、かといって慰めて貰う訳でもない。着地点のない話を聞かされて困っているのを目の当たりにして恥ずかしくなる。  誤魔化すように、へへっと笑ってみた次の瞬間、穏やかな声が空間に浮いた。 「じゃあ、これから沢山作ればいいじゃんよ、友達」  そのまま、自分の手も握られる。  筋張った、男らしくて頼もしい手。  自分の体温が高いのか、紺野くんの手は少し冷えていた。 「俺もその友達になってやる」  顔の前で繋がれているそれを見ると、自然と涙が混み上がった。  紺野くんが差し出してくれたあたたかい気持ち。  本当はずっと、こんな風に誰かに手を差し伸べて欲しかったのかもしれない。  焦げ茶色のその双眸から目を離さずにしばらく見つめた。  紺野くんは、グループメールはめんどいけど、自分と友達になるのはめんどうじゃないらしい。  見た目は派手なのに、本当はすごく慈愛に溢れていてやさしいんだ。  (すが)るように、紺野くんの手を握り返した。 「紺野くんって変わってる」  笑って目を細めると、反動で右目から雫がこぼれて頬を伝う。  拭おうとして、無意識に繋いでいた手を離してしまい、少し惜しくなった。  できればもっと長い時間、繋いでおきたかったのに。 「お前、下の名前はなんて言うんだっけ?」  紺野くんは、離された手をすぐに引っ込めた。  きっと繋いでおきたいって思ったのは自分だけだろう。 「創」 「そうか、じゃあ創って呼ぶわ……創……」  顔を背けられ、くく、と小さく笑われた。  返事の『そう』と名前の『創』がごっちゃになったのだろう。  俺もつられてふふっと笑った。  それから俺たちは、友達になった。  学校ではそれぞれ違うグループにいてほとんど喋らないのに、放課後や休みの日は一緒にいることが増えていった。  特に中間や期末考査の前は、しきりに家に招待された。それはしっかりノートを取って普段から勉強している自分に少しでも楽して教わりたいという紺野くんの思惑があった。  紺野くんのノートは余白が多く、黒板の文字をほとんど書き写していないのが分かる。   「紺野くん、ちゃんと頭いいんだから真面目に授業受ければいいのに」  彼は基本的に器用で、たいていのことはソツなくこなす。運動だって勉強だって、必死にならなくても出来てしまうタイプだ。  だからこうして自分に教わらなくたって、授業中に真面目に取り組めばすんなりいい点が取れそうなのに。  何度言っても、改善される気配がない。 「創に教えてもらえると思うと、授業受ける気にはなれないんだよなぁ」  あくびをしながら絨毯にごろんと転がるのを見ると、小さな子供みたいで笑ってしまうし、その言葉にも照れてしまう。  もしかして、こうして一緒にいたいからわざと授業を聞かないのかな。  つい都合よく考えてしまうが、紺野くんと一緒にいられる時間はかけがえのないものになっていった。  中学の時の自分は、ほとんど笑わずに一日を終えるなんてざらだった。時間が流れるのが遅かったし、日々をやり過ごすのに精一杯だった。  今は違う。  紺野くんと友達になって、毎日がすごく楽しいし、笑っている時間も増えた。  初めの頃よりも、紺野くんの話し方が柔らかく穏やかになってくれたのも嬉しい。  自分の前でくつろいだ顔をしていて、気を許しているのだと分かる。

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