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第2話 保健室

千歳(ちとせ)どこ行くの? サボり?」  飲み物を手にした紺野くんの友達が、廊下ですれ違いざまに話しかけてくる。  いつも紺野くんと仲良くしている三人だ。全員が自分よりも背が高くてほとんど会話をしたことがないから、緊張からか、ますますお腹が傷んだ。  ──こういう目立つ人たちと一緒にいると、自分の滑稽さがより際立つ……。  顔をうつむけて縮こまる俺の頭を、紺野くんはポンと叩いた。 「保健室行くって、伝えといてくんね?」 「どしたの」 「なんか気持ち悪いんだと」 「で、お前もそのまま教室には帰ってこないつもりだろ」 「まさか。そんな不当なことをボクがすると思うかい?」 「先生にはちゃんとサボりって言っとくから」  じゃねー、と手を振りながら去っていく人たちも紺野くんも軽くて驚くけど、親友って感じがして羨ましくなる。  保健室に到着するまで、紺野くんに気付いて声をかけた人は何人もいた。人気者ってこういうことを言うのかと、ほんの少し痛みが引いてマシになった体でぼんやりと思う。 「紺野くんって、友達多いんだね」 「そうでもないよ。同じ中学だった奴が多いからそう見えるだけじゃん?」 「そうなんだ……」 「お前はどこ中なの?」 「え……」  知らないと思うけど、と前置きした上で出身中学の名を告げた。  案の定知らなくて、電車とバスで1時間ちょっとの所、と付け加えた。 「なんでまた、そんな遠い所から」  咄嗟に機転がきかなくて黙り込む。  沈黙が続いて変な空気になったが、紺野くんが保健室のドアを開けて先生に事情を説明し、体調を見てもらうことになったので助かった。さっきの話を流してしまいたかったので丁度良かった。  熱を測り、ベッドに横になる。  先生は職員室に用事があると言っていなくなり、紺野くんと二人きりになった。周りから遮るように白いカーテンで囲われた空間に二人。ちょっと気まずい。  どうやら冗談じゃなく、紺野くんは本気で授業をサボるらしい。ベッドの横の丸椅子に座り、スマホでパスルゲームをやっているようだ。    白色の薄い羽根布団を口元まで引き上げ、こっそり顔を盗み見る。  その尖った耳には、よく見たら二つピアス穴があいていた。伏せた瞳の色は髪の毛と同じ焦げ茶色。前から思っていたけど、やっぱり紺野くんってかっこいい。 「あの……」 「ん?」 「紺野くんって、クラスのグループメールに入ってないよね?」  クラスのほとんどが入っているグループなのに、なぜか紺野くんの名前はないのだ。前から違和感を感じていた。そういうのは率先して参加しそうなタイプなのに。 「うん。めんどいから入んなかった」 「め、めんどい?」 「あ、嘘嘘、めんどいわけじゃなくて、俺、やることいっぱいあるし。ゲームとか……ゲームとか」  クラスメイトたちに悪いと思ったのか、すぐに言い直したけれどめんどいのだ。  確かに、毎日学校で顔を合わせるのに、メールでも他愛もないことで盛り上がっている。カースト上位の一部の人達で会話が成り立っていて、自分はいつも遠巻きに見ているだけだ。  自分も本当は億劫だったが、断るなんて選択肢はなかった。  だけど周りの意見に流されずに、意思表示をできる紺野くんってすごい。そんな芯の通った強い人になりたい。  この人と自分とでは、見た目も性格もぜんぜん違う。   「すごいね、紺野くんって」 「なにが?」 「俺は、流されやすいタイプだから、そんなふうに堂々としていられる紺野くんが羨ましい」 「堂々と授業サボってることが羨ましいの?」 「それはあまり褒められることじゃないけど……自分の気持ちを素直に出せてる紺野くんはすごいよ。俺は……」  中学の頃、一人でいた時を思い出して胸が痛くなった。  体調のせいで、ナイーブになっているのかもしれない。  よく知らない相手だからこそ、つい弱音を吐きたくなってしまった。別にどう思われようとも構わない。  自分とはタイプが違うこの人とは今後仲良くなることはないと高を括ると、すんなりと恥ずかしい過去が言えた。 「中学の時、あんまり友達いなかったんだ」  忙しなく動いていた紺野くんの指は、ピタリと止まった。  さっきからスマホ9、俺1くらいの割合で向けていた視線を、ついに俺だけに向けてきた。

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