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トドメを刺してと君は言う【前編】1

人には、一生のうちに何度か"ターニングポイント"ってやつが設定されている。 それが偶然なのか、はたまた自ら引き寄せた必然なのかはわからないけど…… 恐らく、俺にとっての人生最大の"ターニングポイント"は……… 今日、この時。 「い……許嫁……?」 「そうよ~!お母様から聞いてない?」 「全然全く微塵も聞いてないです…」 目の前の派手な美人の言葉に、思考回路が停止しかける。 許嫁って……あれだよね……? つまり、婚約者……ってこと…? 急に呼び出されて、急に話が始まって、急に言い渡されたとんでもない事実に、冷や汗がどっと出る。退屈しのぎに掻き回していたスプーンをティーカップから引き上げて、チラリと横を見ると…項垂れて頭を抱えた男性が1人。 ここは都内某所にある高級ホテルのラウンジ。客のほとんどはスーツで、明らかに普段着な俺はめちゃくちゃ浮きまくっている。 こんな高そうな店なら先に言っといてよ…!庶民の俺からしたら、この場所の雰囲気だけでもビビりまくってるのに……! その上、話のぶっ飛び具合にもはや失神しそうだ。 「そう……まぁ、いいわ!暁人くん…将来的にうちの息子と結婚してくれるかしら?」 「…ハァ……!?何言ってるんですか!!?」 「母さん…これ、マジなの?」 「大マジよ?あなたたちの結婚は、生まれる前から決まってたんだから!」 満面の笑みで高らかに宣言する耳通りのいい声に、もうこっちは何も言えなくなる。 こんなの、おかしいでしょ……!!! だって、俺たちは……… 男同士なんだから!!!! 俺の名前は、日下部 暁人(くさかべあきと)。18歳の大学1年生。 何の変哲もない家庭に生まれて、ちょっと変わってるけど優しい両親の下で18年間何不自由なく平凡に生きてきた。 それが大学生になった途端、実は両親が決めた許嫁がいたなんて言われても簡単に受け入れられる訳がない。しかもその相手は、小さい頃から知っている仲のいいお兄ちゃん… つまり、"男"だ。 完全に、悪夢。 俺、生まれる前から男と婚約してたってこと…?女の子と付き合ったこともないのに…? いや、嘘でしょ…? 「私としては、こんなかわいい子が嫁いできてくれるなんて…ほんとに夢みたいなのよ?生まれた時からかわいかったけど、暁人くんがこんな美少年に成長するなんてねぇ…」 「は、はぁ…」 「髪サラサラだし、おめめもおっきいし、肌ツヤッツヤだし、色も真っ白で……まるで白雪姫みたい!見れば見るほどかわいいわ!暁人くんはお母様似ね!」 「…あの…ソレ褒めてます?」 「全身全霊全力で褒めてるわよ?ねぇ、爽」 「まぁ…あきが美人だってことには俺も完全同意」 親子揃って頷きながら俺を見る。 こんな褒めて(?)くれて嬉しいけど、ジッと見つめられてちょっと恥ずかしい。それと同時に、結構情けない。この外見、小さい頃からめちゃくちゃコンプレックスだから。 俺も一応18の健全な日本男児なんだけどな…… 「ところで爽…あなた、家を出る時"好き勝手やる代わりにひとつだけ言うこと聞く"って約束したの覚えてるかしら?」 「……あー……まぁ、覚えて………えっ!?……うーわ………、アレって…こういうことだったのかよ…!」 「この件を破談にするって言うなら、家に戻ってもらうわよ」 「はぁ!?詐欺じゃねーか!!?」 隣に座る男の顔を見ると、俺以上に絶望している。180cmオーバー八頭身の抜群のスタイルと、嫌味のない完璧な造形の顔立ち。少しだけアッシュの入った黒髪はめちゃくちゃ爽やかで、冗談抜きにその辺の芸能人なんて霞むくらいのいい男だ。 彼の名前は、樋口 爽(ひぐちそう)、27歳。 商社勤務のエリートサラリーマン。たった今、俺の許嫁だったことが判明した世界で一番可哀想な人。 親同士の交流が盛んだった俺たちは、年の差こそあったけど小さい頃からとても仲が良かった。 爽は優しいし、かっこいいし、背高いし、頭いいし、気が利くし…男の俺から見たってパーフェクトな王子様だ。 つまり、俺は爽のことが大好き。 …というか、この世に爽のことが嫌いな人なんていないと思う。そのくらい素敵な人。 …だけど、許嫁となれば話は全然違う。 「待ってください…あの、鈴音(すずね)さん?」 「あら!お義母さんって呼んで暁人くん!」 「気早っ」 「呼んでくれなきゃ泣くわよ…」 「ええっ!!?」 「呼んで」 「はぁ………あき…この人に逆らうなって…話が長くなる…」 「えっ、えっと…お、お義母さん…?……あの、俺こんな見た目ですけど…男ですよ?日本じゃ同性の婚姻はまだ認められてませんよね?なのに、許嫁なんて…」 181cmある爽とは違って、俺は164cmしかない上、母親似の色白華奢に女顔。非常に遺憾だが、俺は初対面だと十中八九女の子に間違われる。 俺も爽みたいにかっこよく生まれてたら、こんな提案されることも無かったのかな。 「法律上はそうかもしれないけど、いいのよ!」 「ええっ!?」 「日下部家と樋口家で結婚したって思えればいいの!」 訳の分からない理論で捲し立てられているのに、なぜか全然逆らえない。お義母さんの覇王感溢れる笑顔に、俺も爽も完全に気圧される。 ぐ…っ!ビビってる場合じゃない…!! 「あの…!百歩譲ってうちはいいとしても、樋口家は跡取りとか考えなくていいんですか…?ご両親のご実家どっちも大きな会社なのに……」 「ああ、いいのよ!もう一族経営なんて、時代錯誤だし!」 「ええっ!!?」 「そんな悪しき風習断ち切るべきだと思わない?世襲なんてクソよクソ!」 「うーわ……母さんがそんな風に思ってるなんて…俺知らなかった…」 「あら、そうなの?才能と情熱のある人間がトップじゃない会社は、滅びるに決まってるわ!」 妙に説得力のある話に、このままじゃ本当にうまく丸め込まれてしまう…!と危機感を覚えていると、 目の前に2つの鍵が差し出された。 なに……これ……? 「って訳で、うちで新居ご用意しました~!」 「「ハァ!?」」 「跡取りは気にしなくてもいいけど、孫は見たいから…遠慮なく子作りに励んでねっ!」 「出来ねーよ!!!!」 真っ赤になって俯く俺の真横で、爽の鋭いツッコミが炸裂する。 もはや手遅れ。 こうして、俺と爽は…本人の意志丸無視の同居生活をスタートさせることになったのであった。

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