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トドメを刺してと君は言う【前編】2

都内一等地の、タワーマンション。それが俺と爽の新居。 爽と2人でエントランスホールを抜けてロビーに入る。天井にはシャンデリアがぶら下がっていて、床一面にワイン色のフカフカの絨毯が敷き詰められている。どこを歩いてもとんでもなくフワフワで、なんだかわたあめを踏みつけてる気分。中央にはタキシードを着た凛々しいコンシェルジュさんがいて、こちらに深々とお辞儀をしてくれた。 いや、もうこれ完全にホテルじゃん…? 全面ガラス張りの無駄に豪華なエレベーターに乗って、爽の母親から伝えられた階数のボタンを押す。 「はぁ~………ごめんな、あき」 「え?あー…いや、爽が謝ることじゃなくない?」 「自分の親があそこまでぶっ飛んでると思わなかったわ…」 「それは俺もだって…」 2人で顔を見合わせ、同時に深いため息をつく。 爽の母親から俺たちが許嫁だと聞かされて1週間…俺たちはもろもろの手続きを済ませて、今日からこのマンションに住むことになった。 あの話し合いの後、俺はすぐに家に帰り自分の両親に一体どういうことなのかと説明を求めた。 それなのに、 『玉の輿おめでとう!』 を連呼しながら一族総出でお祭り騒ぎに発展して、お赤飯まで炊かれる始末。 両親によると、俺と爽が許嫁になった経緯はこうだ。 今から27年前…爽の親は両方の実家から結婚を猛反対され、駆け落ち寸前で逃げていた。それを助けたのがうちの両親。すでにお義母さんは爽を孕っていて、助けを求める相手もお金もないっていう危機的な状況の中、うちの両親は2人を何も言わずに匿った上、両方の実家との関係を取り持つ手伝いまでしたそうだ。 常々、変わった親だとは思っていたけど…まさかここまでだったとは。 そんなこんなで、樋口家と日下部家はかたーい絆で結ばれ…もし、日下部家に子供が生まれることがあればお腹の中の子…つまり爽と許嫁にしようという約束に至ったらしい。 それから9年後、生まれたのが俺…日下部 暁人。男だってことは予想外だったけど、親的には大した問題じゃなかったみたい。 …うん、そこが一番おかしいよね?俺も思う。ご丁寧に俺が18歳になるまで待っていたのも、計画的犯行って感じ。 そもそももし今、爽に彼女がいたりしたらどうするつもりだったんだろう。 …っていうか、聞いてないだけで…マジで彼女いたりする…? 「あ…一応言っとくけど……別に、あきのことが嫌な訳じゃないからな?」 「そんなの俺もだよ?爽のことは人として好きだし…一緒に住むのだって全然嫌じゃないけど…でも許嫁はぶっ飛びすぎだよねぇ…」 「…っていうか、本当はこんな形じゃなく…」 「…ん?なに?」 「いや、なんでもない」 爽は急に顔を逸らして、外を眺める。 なんだろ?なんか…爽、いつもと違う。 微妙そうな表情を浮かべる爽の視線を辿り…俺もつられて目を外に向けると、思わずビクリと肩が揺れた。 忘れてたけど、全面ガラス張りのエレベーターは怖すぎる!!!俺、高所恐怖症気味なのに!!!やばい…!!下見たらめっちゃ怖くなってきた…!!!!! 途端に心臓が早鐘を打ち、俺は思わず爽の服の裾をギュッと掴んだ。 「…ん、あき…?どした?」 「お、俺…高いところ…あんまり得意じゃないの…」 「…え、マジ?」 「う、うんっ……結構怖い…っ」 「そっか……あーじゃあ…ハイ、これでどう?」 爽は長い指で俺の両目を隠す。 フワリと爽やかな香水の香りがして、ドキッとした。柑橘系…?爽にピッタリだ。 「あ、これいいかも!なんも見えないと怖くない…!」 「……」 「……あれ?爽…?」 「…あきって、マジで顔ちっちゃいね」 「え?そ、そうかな…?」 「うん…赤ちゃんみたい」 「ええっ?それは言い過ぎ!!」 「あと……泣きぼくろがエロい」 「ハァッ!!?」 「あははっ!!すげーいい反応っ!!」 「爽っ!!からかわないでよっ!!!」 「……けど、気逸れて怖くなかっただろ?」 「え…?」 ポーンッ 気付いたら、もうすでにエレベーターは目的階に到着していた。 「ほら、着いたぞあき」 「え!?あ、うんっ」 「ふふっ……一人で乗るときは扉の方見てるようにしろよ?」 「……は…はぁい…」 あまりにもスマートに俺の気を逸らせてくれて、こっちが逆に照れてしまう。 爽…ちょっとかっこよすぎ。 っていうか、泣きぼくろがエロい…なんて初めて言われた……冗談でも心臓に悪いってば…… ドクドクと忙しなく騒ぐ心臓をギュッと押さえながらエレベーターから降りる。深呼吸…深呼吸…こんなことくらいで動揺しちゃダメだ。かっこいい人ってやることなすこと全部でドキドキさせてくるから怖い。彼女いない歴どころか、友達いない歴=年齢の俺からしたら、爽のキラキラっぷりはもはや毒だ。過剰摂取したら、死んじゃいそう。 キョロキョロと廊下を見渡すと部屋は左右にひとつずつ。どうやらこのマンション、ひとつの階に2部屋しかない造りのようだ。 さっすが億越えマンション…こんな一等地で土地を贅沢に使い過ぎ! 爽は迷わず右に進み、鍵を開ける。 俺たち今日からここに住むのか…なんだか不思議。 1週間前は、こんなのありえないって思っていた。 だけどこのマンション、俺の大学からも爽の会社からも近いし、実際籍を入れるわけじゃないんだからこれはただのルームシェア。それなら、そんなに悪い話じゃないんじゃないかって思えてしまった。なんせ家賃はタダだし、生活費は折半。ちょうど実家を出て一人暮らしを始めようかと思っていた俺にとっては、好条件すぎる。その上、爽は誰が見たっていい人だし…こんなの俺にはメリットしかない。 男女の結婚だって"離婚"があり得るんだから、俺たちのどちらかに本当に一緒にいたい女性が出来たら、この生活を解消すればいいだけの話。 …なら、断るほうが損でしょ? 爽も一緒に住むこと自体には最初から反対していなかったから、俺たちの引っ越し話は案外スムーズに進んだ。 親の思惑通りなのは、ちょっと癪だけど。

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