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トドメを刺してと君は言う【前編】 4

なんだか隣に立っているだけで胸がいっぱいになっちゃって、ポーッとしていると…急に爽がクスクス笑い始めた。何事?と思って見上げると目を細めた王子様と視線が合った。 「見ろよこのマグカップ、あきに似てる」 「えっ!?このブタが!?超失礼なんだけど!!!」 「ちがうって!!これ、クマ!!!お前マジウケる!!!」 「どっちにしても失礼だわ!!!」 「ブハッ!!!!かわいっ」 「もーっ!からかうなぁ!!!」 またしてもからかって遊ばれて、爽の脇腹を強めに小突く。まったく、子供っぽいのがたまに傷。 …なんて、ほんとはそういうところも爽のいいとこだって思ってるんだけどね? 9つも年齢差があるのに、爽はいつだって俺を友達みたいに対等に扱ってくれてた。俺が爽に対して遠慮なく言いたいことを言えるのは、小さい頃から爽が何でも言いやすい環境を作ってくれていたからだ。これって、年齢が離れていればいるほど…難しいことだと思うの。意識してたって、9つ離れていたらどうしても遠慮って出るから。ましてやたまにしか会わない相手なら尚更。 だからやっぱり、爽ってすごい。 気遣いの鬼で、人付き合いの天才。 こんなの、人として好きにならない方がおかしいでしょ? 「ふおぉ……それにしてもこのマンション引くほど豪華だね……リビングなんてリゾートホテルみたい……なんていうか…ラグジュアリーな感じ?」 「あー母さんの趣味全開……あの人呉服屋の娘のくせに西洋かぶれなんだよな」 「俺はめちゃくちゃ好きだけどな…鈴音さんってほんとセンスいい」 「お義母さんって呼ばないと泣かれるぞ」 「あっ……!言わないでね?」 「ふふっ…やだ」 「ええっ!?爽の意地悪っ!!」 爽はクスクス笑いながら、ソファの方に歩いて行く。 俺も慌てて後を追って、俺たちは2人並んでオフホワイトの大きなソファに腰掛けた。爽曰く、フランスから空輸した超お高いソファらしい。言われて納得、座り心地がマジでレベチ。身体が喜んでる。 だけどこの色……コーヒーこぼしたら絶対シミになるな…気をつけなきゃ。 「あき」 「んー?」 「明日からの話だけど…とりあえず夜ご飯は一緒に食べるってルールにしないか?」 「え…?」 「だって、時間を合わせる努力しなきゃ…多分俺たち顔合わせる機会あんま無さそうだろ?」 「ああ…そう、なのかな…?」 爽は一流商社のサラリーマン、俺は国立大学の1年生。たしかに、生活リズムはちょっとズレてるのかも。そもそも家が広すぎるから、部屋に篭っちゃったら爽の言う通り顔合わせること本当になさそう。 「せっかく一緒に暮らすのに勿体なくね?」 「……え」 「俺、あきともっと仲良くなりたいんだよ」 俺は、もうすでにかなり仲良いと思ってたんだけどなぁ…… 確かに、小さい頃に比べると爽と会う頻度はかなり減っていたし、最近は月に1回家族ぐるみの会で会うかどうかくらいの間柄ではあった。大人になってからの爽は、遠い存在になっていたようにも思う。 …なんて考えていると、爽はおもむろに俺の頬に手を伸ばす。そのままさらりと頬を撫でられ、ドキッと心臓が跳ねる。 俺を見つめて微笑む爽は、めちゃくちゃ優しい顔をしている。今も昔もずっとそうだ、爽は俺に死ぬほど甘い。 「そ、それは……俺も嬉しい…」 「よっしゃ!じゃあ決定な?」 「…うん!」 「あと…家のことはハウスキーパーさんに頼もうと思うけど、なにか要望は…」 「えっ?それって……家事やらなくていいってこと…?」 「え…うん、そうだけど…もしかして嫌なのか?」 「うん…俺がやりたい」 俺の発言に、爽は驚いて目を見開く。完全に予想外だったようだ。 きっとお金持ちからしたら、家事に人を雇うのは普通の感覚なんだろうけど…庶民の俺からしたら知らない人がお家にいるのは結構緊張するだろうし……それに、俺の得意な事って家事くらいしかないから。それで無くても俺は爽のご両親におうちを買ってもらった身だし、俺に出来ることは積極的にやりたい。 「あき…家事できんの!?」 「うん…というか、趣味みたいなものなの…お掃除とかお洗濯とかお料理とか…一通りお母さんから……あ!!!」 「え?」 「お母さん……言ってたの…俺に家事を教えるのは花嫁修行だって……冗談だと思ってたけど、文字通りの意味だったんだ…!」 「…すげー…何年越しの伏線回収だよ」 お互い顔を見合わせて、一拍置いて爆笑してしまう。そんな昔から仕組まれていたなんて思いもしなかった。 「あははっ!じゃあ、なるべくしてお前は俺のお嫁さんになった訳ね?」 「ふふっ…なぁにそれ…!お嫁さんって!」 「だって、"花嫁"修行だろ?」 「あ、そっか…!じゃあ、そうなのかも!」 「…俺、家事あんま得意じゃねーけど出来ることはやるから言って」 「えっ?ほんと…?でも…なんか悪いな…」 予定通りハウスキーパーを雇っていたら、爽は何もする必要なかったはずだ。それを俺がやりたいって言ったばっかりに、手伝わせることになるなんて…なんだか申し訳ない。 「全然悪くないって!」 「…でも、」 「俺お前1人に全部やらせるとか嫌だし…一緒にやらせて?」 サラリとこんな風に言ってのける爽に、俺は思わずキュンとしてしまう。 これが本物のイケメンか…すご… 「……爽ってほんと……めちゃくちゃモテそうだよね……なんか俺、改めてビビっちゃった…」 「はぁ?なんだよそれ」 「だって…こんな優しくて…かっこよくて…モテないわけないなって」 「……一番モテたいやつからは、かすりもしてねーけどな……」 「…ん?なに?」 「はぁ……なんでもない」 ため息をつく目の前のイケメンに、俺は首を傾げながらコーヒーを飲む。 なんだろう爽……なんか、微妙な顔してる。 「じゃー…あき、改めてよろしくな」 目の前に手が差し出されて、俺は慌ててそれをギュッと握り返した。 「こちらこそよろしくお願いします!!!」

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