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トドメを刺してと君は言う【前編】 5

樋口 爽と謎のルームシェアをスタートさせて約2ヶ月… 俺は何の不自由もなく快適な暮らしを送っていた。不自由がないどころか、むしろ最高だ。一緒に暮らしてみて、改めて爽と俺はめちゃくちゃ気が合うことがわかった。 爽は思っていたより色んな家事を手伝ってくれて、広い家の中はいつもピカピカ。毎日爽と色んな話をして、冗談を言い合って一緒にご飯を食べる。そんな日々が楽しくて楽しくて仕方がなかった。 自分の分のついでになんとなくで作った爽の分のお弁当も、なぜか死ぬほど喜んでくれて…今では毎日2人分用意するのが日課になった。 朝起きて、朝食を食べて、お弁当を作って、爽を送り出して、大学に行って、帰ってきて、夕飯を作って、爽と一緒に食べて、お風呂に入って、寝る。これがもう完璧にルーティン化していて…爽は完全に俺の生活の一部に組み込まれた。 今じゃもうすっかり、俺たちは家族同然だった。 「あれ…?あき、宿題?」 「うんっ!大学のレポート!でもうまくいかなくて…ちょっと行き詰まってるの」 「へぇ…ちょっと見せて」 「えっ爽アドバイスくれるの?」 「…ふふっ高いぞ~?」 「あはっ!!ボンボンのくせにがめつっ!!」 「だーからボンボン言うなっての!!」 リビングのダイニングテーブルで英語のレポートを打っていたら、シャワーを終えた爽がふらりと現れて隣に座った。爽は俺と色違いのシルクのパジャマを着ている。今着ているものに限らず、パジャマはほとんど爽とお揃いなんだよね。なんだか本物の新婚さんみたいで、ちょっと恥ずかしい。 爽曰く全部お義母さんからのプレゼントらしいんだけど、高いパジャマって着心地がマジで最高なの!一度着たらもう絶対やめられないよ? ノートパソコンの画面を見るために俺との距離をグッと詰めた爽から、風呂上がりでポカポカな体温がじんわりと伝わってくる。あったかい。同時に、この家に常備されている高級シャンプーの香り。 「ん…爽いい匂い」 「えっ?」 「なんかね、人のお風呂上がりってめちゃくちゃいい匂いに感じない…?この家のシャンプーすっごい高いやつだし…俺この匂い大好き」 「あき……」 「んー?」 「……近い、」 「えっ…!?あ、ごめ…」 目を閉じたまま、俺はクンクンと爽に顔を近づけていて、言われるまでその近さに気が付かなかった。 やばい…!気を悪くさせたかも…!と慌てて爽から離れようとした瞬間、 腕を掴まれた。 「…えっ?爽…?」 「お前……誘ってる?」 「……は?何を……?」 まだ濡れている髪の毛からポタリと雫が落ちて、爽の綺麗な顔に落ちる。それがあまりにも美しくて…思わず目で追ってしまう。 爽って……男の人なのに、すごく綺麗。 「あき……、」 「ん…?」 少しだけ悲しげな瞳をした爽が、俺をじっと見つめる。なんでだろう……最近、爽はたまにこうやって悲しそうな顔をする。 なにか、辛いことでもあるの…? 爽は俺が何か言う前に片手で俺の顎を掴んで、グイッと持ち上げた。 「な……に?」 「……」 そのまま顔が近づいてきて、俺の顔に爽の影がかかると…… ハァ~~~~~~~~っと、盛大なため息をつかれた。 「えっ!?なに!?」 「……お前さぁ……、頼むから他の男にはあんまり無防備な顔見せんなよ?」 「無…防備……?なにそれ?」 「…みんな勘違いするっての」 「……勘違いって…なんの勘違い?」 「…天然でやってっから余計こわいんだよ…」 爽はそう言うと、カタカタとレポートの直しを始める。ここはこうした方がいいとか、意味が通じないからこうしろとか、めちゃくちゃ的確な指示で感心してしまった。 さすが一流商社勤務……あったまいい~…… ものの数分でレポートは完成してしまい、拍子抜けだ。 「ねぇ爽ほんとにすっごい!!!ありがとう!!めちゃくちゃ助かった!!!」 「こんなんで良ければいつでも教えてやるよ」 「嬉しい~っ!!!もっと早く爽に頼れば良かった!!」 俺はご機嫌でパソコンを閉じ、すぐさまアイロン台を引っ張り出す。 「やったね~爽のおかげでレポート早く終わったからいつもより丁寧にワイシャツにアイロンかけられる!!」 「……それで喜ぶ意味がわかんねぇ…罰ゲームじゃん」 「えー?俺ワイシャツにアイロンかけるの大好きなの!だから俺にとってはご褒美だよ?」 「あきって…時々すげー不思議ちゃんだよな」 「えへ~お褒めに預かり光栄でーす」 「ぜんっぜん褒めてない」 笑いながらアイロンがけを見守る爽に、俺も余計笑顔になってしまう。これを見守りたい爽だって、相当訳わかんないけどね? 「それにね~俺がアイロンかけたワイシャツを爽は毎日会社で着てるわけでしょ?」 「まぁ…そうだな?」 「なんか嬉しいもんそれ!!爽を支えてるーって感じして!」 「お前はめちゃくちゃ良妻だよ」 「あははっ!!!やったー!!!」 予想外に始まったルームシェアだったけど、"良妻"なんて言われたら嬉しくなっちゃう。って…俺も相当この状況に慣れちゃったなぁ。 「俺……会社のやつに、"結婚したのか?"とか"彼女できたのか?"とかすっげぇ聞かれるわ」 「え?あー…ワイシャツとか…お弁当で?」 「そうそう」 「あ…もしかして……」 「ん?」 「迷惑してたり…する?爽…ほんとは独身なのに…」 「いーや、全然!むしろありがたいかな!めんどくさい告白とかちょっと減ったし」 「うっわ……やっぱ爽ってめちゃくちゃモテるんだね…?」 「まぁ…適度に?」 何でもないことのように言う爽に、そりゃモテるよなぁ…と納得してしまう。 俺なんて、女の子にモテた試しがない。むしろ女の子に間違われまくってるんだから。 「いいなぁ…俺なんて、男の人からしか好かれたことないもんなぁ」 「……あき、やっぱ結構男に言い寄られたりすることあんの?」 「んー……まぁ…俺も適度に?ほら俺こんな見た目だし…いつも女の子に間違われるから」 「……あきは……女に……モテたい?」 「えー?んー…俺正直恋愛とかよくわかんないんだよね…まだ恋もしたことないし」 「……そっか」 「けど、女の子に好かれるのってどんな気持ちなのかなって…ちょっと気にはなるかな!」 「………」 俺も人生で一度くらい、爽みたいな王子様気分味わってみたいなぁ~って思ってもいいでしょ?まぁ、叶わぬ願いなんだけど。 ちょうどアイロンがけが終わって、俺は片付けを始めた。 だけど爽は、なぜかいつになくボーッとしていて…ひたすら明後日の方向を見つめている。目の前に手をかざしても、全く反応無し。こんなの初めてだ。 その後も何度か話しかけたけどあまりちゃんとした返事は返ってこなかった。 「爽?俺、お風呂入ってくるね?」 「………」 「もぉ…」 俺、なんか地雷でも踏んだ? 考えても原因が全く思いつかず、俺は早々に諦めてそそくさとお風呂に向かうことにした。 さっさとお風呂に入って寝ちゃおう。

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