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トドメを刺してと君は言う【前編】 6

身体と髪を丁寧に洗って、ゆっくり湯船に浸かる。やっぱり、一日の疲れを癒してくれるのはお風呂ですよねぇ…。どれだけ疲れていても、お風呂の時間だけは削れない。 この家…高級マンションなだけあって、浴室もかなり広い。そもそも2人で暮らすサイズの部屋じゃないもんなぁ。完全にファミリー向け。 その上、爽の趣味でシャンプーもボディーソープも海外から取り寄せためちゃくちゃいいのが揃っていて…毎日のお風呂タイムをより楽しいものにしてくれる。 はぁ…、幸せ。 このお風呂に毎日入れるだけでも、ここに引っ越してきた意味ありそう。 湯船に沈みながら足を伸ばして天井を見上げると、ポタリと雫が顔に落ちる。 「気持ち良すぎて………このまま失神しちゃいそ……」 口から出た独り言が、ひとりぼっちの浴室の中で思いの外反響した。 身も心も満たされてご機嫌で外に出ると、何やら人の気配を感じて洗面台に顔を向けた。 ………こんなの、普段なら絶対ありえない。 俺は目を見開いたまま固まり、予想外の瞳とバッチリ視線が交わった。 「爽……」 「……!」 爽はどうやら歯磨きをしようとしていたようだ。普段なら俺が浴室を使用している時、爽は絶対に洗面所に入ってこないから…余程うっかりしてたんだろう。 爽の目線は、俺の顔からゆっくりと下がり全裸の真っ白い身体に移った。剥き出しの下半身に視線が集中していることに気が付き、慌ててバスタオルで身体を隠す。 「……ひゃっ…、ご、ごめんっ!」 「……っ!!」 「あのっ…爽っ…」 その瞬間、爽は俺から目を逸らし…何も言わずに出て行ってしまった。 あまりの急な出来事に、何故かブワッと顔に熱が集まる。 爽に裸を見られたのは初めてだ。 男同士なのに、こんなに恥ずかしいなんて思っていなかった。俺はギュッと自分の身体を抱きしめて、しゃがみ込む。 爽の目に、俺の身体は一体どう映ったんだろう……? 柔らかいフワフワのタオルで身体を拭き、すぐにパジャマに着替える。いつもよりかなり適当に髪にドライヤーをかけて、終わった後もしばらくぼーっと立ち尽くしてしまった。 どうしよう……、爽と顔合わせるのちょっと気まずいかも。 ヒタヒタとなるべく足音を抑えて廊下を進み、なんとか自室に戻る。扉を閉めると同時に、ハァ…と小さなため息が漏れた。 「もぉ……何やってんの俺っ……めっちゃ恥ずかしいっ……」 浴室から出る前に顔だけ出して爽がいないことを確認する…とか、下半身にタオル巻いておく…とか、考えてみれば出来ることは沢山あったのに……やらなかった自分に腹が立つ。 爽だって、男の裸なんて見たいわけがない。 最悪だ。嫌なものを見せてしまった。 失敗したな…。 ドアにもたれかかって考え込んでいると、急にコンコンッとノックされて、びびって素っ頓狂な声が出る。 「ひゃいっ!!?」 「………あき?…ごめん、入っていい…?」 「えっ…うん!いいよ!」 ゆっくりドアを開くと、眉毛を下げた爽と目が合ってドキッとした。 そんな顔……しないでよ爽。別に、爽が悪いことしたわけじゃないのに。 中に入るように促して、鮮やかな黄緑色の可愛らしいソファに一緒に座る。 「………」 「………」 重すぎる沈黙に息が苦しくなり、俺は近くにあったクッションをギュッと抱きしめた。それにひたすら顔を埋めて、必死に気まずさをやり過ごす。 やばい、なにこれ……どうすればいいの…!!? 「あの…あき、」 「へぇ!?」 「その……ごめんな?」 「えっ、な、なんで…?」 「……俺…ボーッとしてて…お前がいること確認せずに洗面所入ったから…」 「え!?いや、そんな…」 こんなのおかしい。 だって、俺たちは男同士なのに。 謝る必要なんて、ない。 この恥ずかしさはやっぱり…… 俺と爽の間では嫌でも"許嫁"という2文字がよぎってしまうからなんだろうか… 「あの…確かに恥ずかしかったけど…その、別に俺女の子じゃないし…そんな気にすることじゃなくない?」 「…え?」 「爽が謝る必要なんて、ないよ?」 「……お前…それ本気で言ってる?」 「……だって、俺たち男同士だよ?」 「それは、そうかもしんねぇけど…俺は、」 「なんなら、一緒にお風呂にだって入れ」 最後まで言い終わる前に、突然爽は俺の肩を押し、その強さに後ろへ倒れ込む。 気が付いたら、爽は俺の顔の横に手をついていて…… 完全に、ソファの上で押し倒される体勢になっていた。 真剣な顔の爽に見下ろされて、ドクドクと心臓がすごい速さで鼓動を刻む。 えっ…? なにこれ…、なんで…? 俺………なんで押し倒されてんの……? こんな爽、 俺知らない…!! 「俺が男だって…お前ちゃんとわかってる?」 「なに、それ……」 「だから、ちゃんとわかってんのかって聞いてんの…!」 「……あの、…わ、わかってる…」 「わかってねーよ!」 少しだけ声を荒げた爽に驚いて、俺の視線は泳ぎまくる。 なにこの質問…?どういう意味…? ソファに押し倒されるなんて、少女漫画みたいなシチュエーションに変にドキドキしてしまう。うまく息が吸えてるか自信がない。身体中が熱くて、俺はただただ爽の腕の下で小さくなるしかなかった。 しばしの沈黙の後、恐る恐る爽の瞳を見ると……さっきまでとは違って後悔の色が滲んでいる。 「はぁ……」 「……?爽?」 「…あきほんとごめんっ…デカい声出すつもりじゃなかったのにっ……クソっ…マジで俺…かっこわりぃ…」 「えっと、…平気、だよ?」 「………ごめんな」 「……」 泣きそうな声色に驚く。 そんなに必死で謝らなくたって…いいのに。 「あき……」 「ん…?」 「裸見て……ごめんな……」 「いや、あの…だから別に……」 「いいから謝らせて……悪かった…」 「……えっと、……うん……」 どうして爽がこんなに謝るのか、イマイチ理解できなくてうまい返事が見つからない。 「あきっ……」 「……なに?」 「少しは、意識してくんねーの…?」 「え……?」 なにを…?とは聞けなかった。 爽の強い眼差しに、目を合わせているだけで必死だ。今逸らしたら、爽を傷つけてしまいそうな気がしたから。 何も言わない俺に、爽はハァ…とまた小さくため息をついて、身体を離す。そのまま手を引いて俺の身体を起こし、キチンと座らせてくれた。 「本当俺って……あきのことになると余裕ねーよな…」 「……?」 「まぁ、長期戦は覚悟の上だよ」 「………え?長期戦?」 「こっちの話」 そう言うと、爽はやっといたずらっぽくニカッと笑った。いつもの爽の顔に戻ったことに、安堵と…少しだけ残念な気持ちが込み上げる。 …なんでだろう?

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